
再生可能な未来に向けたキーワード「リジェネレーション」。その概念に「発酵」というユニークな視点を加えたセッション「発酵と再生:小さな微生物の大きな力」が、「サステナブル・ブランド国際会議2025東京・丸の内」のプレナリーで開催された。医師やスタートアップの代表ら3氏が登壇し、微生物の働きが健康や環境、経済、さらには社会のありかたにどのように関わっているのか、哲学的な視点も交えながら議論を展開した。
Day1 プレナリー ファシリテーター 足立直樹・SB国際会議サステナビリティ・プロデューサー パネリスト 小倉ヒラク・発酵デザインラボ代表 桐村里紗・天籟代表取締役 医師/公益財団法人 日本ヘルスケア協会・プラネタリーヘルスイニシアティブ 代表理事 西山すの・komham代表取締役 |
冒頭、ファシリテーターを務めた足立直樹氏が「これまでサステナブル・ブランド国際会議では『再生』というテーマを繰り返し取り上げてきたが、そこに『発酵』が加わると、これまでと様子が違うと感じた方も多いのではないか」と語り、目に見えない微生物の働きが、社会の循環構造においても重要なキーワードになるのではないかとの視座を提示した。
21世紀は「下り」の時代

まず登壇したのは、発酵デザインラボ代表の小倉ヒラク氏。「目に見えない微生物の働きをデザインやアートの力を使って『見える化』する」ことをテーマに活動する「発酵デザイナー」だ。世界各地の発酵食品の調査や絵本、アニメ、書籍の制作など幅広く活動し、東京・下北沢で運営する「発酵デパートメント」は500〜600点の発酵食品が並ぶ人気店となっている。
小倉氏は発酵を軸にしたまちづくりにも取り組んでおり、6年ほど前に始めた「発酵ツーリズム」では「発酵を旗印にして新しいまちの未来を作っていくプログラム」を実施。みそやしょうゆを通して自分たちの伝統に気づき、「立場の違う人たちが同じ方向を向くことができる」と言う。
小倉氏は20世紀と21世紀の産業構造の違いにも着目する。電車の「上り下り」を比喩として用い、「20世紀は『上り』の時代だった。化学の力でいろんなものを高速に高分子化して生産効率を高めてきた。21世紀はでき過ぎたものをいかに分解していくかという『下り』の時代に入っている」と指摘。この「下り路線」では「各駅停車的にいろんな人が降りていって、いろんな面白いもの、動きが出てくる」とし、発酵や微生物の働きが創造的な役割を果たすと言及。足立氏が「循環のためには分解も必要」と応じると、「再生とは『創造的な分解』だ」と表現した。
人間の健康は生態系の中で捉えるべき

続いて発言した桐村里紗氏は会社経営者であり、医師でもある。腸内フローラの研究を起点に「人間の健康やウェルビーイングは、人と自然、生態系、地球全体とのつながりの中で捉えるべき」とする国際概念「プラネタリーヘルス」の考え方を紹介。「金融資本主義に立脚した破壊型の経済から、自然資本や心の豊かさ、健康といった新しい資本をベースにした再生型経済にあらゆるステークホルダーが向かっていく。これが成り立って初めてプラネタリーヘルスが実現する」と力説した。
その上で桐村氏は「分野を横断した再生型経済への転換が必要」とし、医師としての実感を込めながら「当たり前に生きることが再生につながる社会構造の構築」を提案。生活、仕事の拠点を東京から人口最少の鳥取県、その中でも人口最少の江府町に移し、「ローカルとシティモデルの循環をグローバルに展開する」という取り組みを進めている。
その中で桐村氏は「荒れ果てた耕作放棄地も、自然資本と捉え直すと財宝になる。これを破壊型の経済で壊すのではなく、昔からの里山のシステム、生態系の力で再生していくことが、大きなインパクトを生む」と強調した。
生態系に人間が寄り添って

次にマイクを握った西山すの氏が代表を務めるkomham(コムハム)は、北海道を拠点に「微生物で生活環境を整備する」ことをミッションに掲げるスタートアップだ。生ごみを高速分解する微生物群「コムハム」を開発し、廃棄物処理業や食品工場などに技術提供している。ソーラーパネル駆動の「スマートコンポスト」も開発。離島や山岳地帯など、ごみ収集や処理にコストがかかる自治体などで、じわじわ導入が広がっているという。
一方で、効率性や収益性が求められるのがスタートアップだ。6期目に入った経営を担う西山氏は、生物多様性を守る技術の拡張と「儲け」との間で葛藤しながらも、「私たちは『下りの事業』で評価されたい」と強調。なぜなら、「遺伝子を改変して万能な微生物をつくることもできるが、あえてそうはせずに今までやってきている。事業と技術が持続可能に広がっていって、世の中のためになるということを構築していきたい」からだ。
さらに西山氏は「目先の利益、効率ではなく、長期的な視点に立った最適化された仕組みが、生態系にはすでに存在している。そのスピードに人間がどう寄り添っていくのがベストなのかが、いま問われている」と指摘し、新しい社会のありかたにも思いを巡らせた。
東京とは違う化学反応が地方に
小倉氏の「上り下り」の比喩を口火に、ディスカッションは盛り上がりを見せた。セッション終盤では、それぞれの登壇者が、発酵や微生物という目に見えない存在が、地域づくりや新たな社会の構造設計にどうつながるかを語った。
小倉氏は「発酵はアンチ一極集中」と述べ、地域に根ざす醸造文化がその土地の再生の原動力となる可能性に言及。鳥取県で地方創生に取り組む桐村氏も「消滅可能性自治体に選ばれている人口最少のまちから、社会の仕組みを転換する」と意気込み、中央集権から自立分散型への移行を促した。西山氏は北海道を拠点にすることで得られる地域のサポートなどに触れ、「地方には東京とは違う化学反応がある。発酵や微生物は地場の文化に紐(ひも)づいていることがたくさんあるので、日常の中に微生物や発酵を取り入れてみてほしい」と語り、身近な実践の第一歩を勧めた。
足立氏は最後に「皆さまに発酵、微生物というキーワードに興味を持っていただいたと思う」と述べ、「小さな微生物の大きな力」のテーマをかみしめるかのようにセッションを締めくくった。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。