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  • 公開日:2025.04.22
  • 最終更新日: 2025.04.22
ごみと貧困の連鎖を断つ。アースデイに考えるプラスチックニュートラル
  • 廣末 智子


気候変動、生物多様性の喪失と並んで地球の三重危機のひとつとされる、「プラスチック汚染と廃棄物」。化石燃料を原料に、生産から廃棄までのすべての段階でCO2を排出するプラスチックは、環境に大量に流出したごみが生物や人に影響を与える一方で人々の生活に溶け込み、一夜にして無くすことは不可能だ。

そうした中、とりわけ、プラスチック無くしてはつくることができない製品を扱う企業の中には、「プラスチックニュートラル」を掲げ、プラスチック汚染と貧困率が高い地域での海洋プラスチックごみの回収に取り組む動きもみられる。

環境負荷低減のみならず、ごみと貧困の連鎖を断ち、そして製品を手に取る消費者の心にも響く、サステナビリティを推進することはできるのか――。年に1度のアースデイに、「プラスチックニュートラル」な取り組みを巡って考えた。

拾われてから始まるペットボトルの一生

「あるペットボトルの一生(LIFE OF A BOTTLE)」というタイトルの動画は、インドネシア・バリ島の海岸に流れ着いた1本のペットボトルを、現地の人が拾い上げるシーンから始まる。

動画は日本を含め世界130カ国以上でソフトコンタクトレンズの製造・販売を展開するクーパービジョン(本社米国)が作成した。カナダ発祥のソーシャルフィンテック企業、プラスチックバンクとの提携によるプラスチックニュートラルな活動を紹介したものだ。

プラスチックニュートラルという言葉は、カーボンニュートラルに比べて聞き慣れないが、企業や個人が一定期間内に販売・使用した分と同量のプラスチックを回収し、リサイクルすることで、プラスチックフットプリントの一部を相殺する概念をいう。二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量から、植林などによる吸収量を差し引いて合計を実質的にゼロとする「カーボンオフセット」の言わばプラスチック版だ。

動画の説明に戻ると、プラスチックバンクとは、海洋プラスチックごみが多く流れ着く、貧困者の多いコミュニティの生活改善支援を目的に2013年に設立されたグローバルなプラットフォームで、支援先はフィリピン、インドネシア、ブラジル、エジプト、タイ、カメルーンの沿岸地域にある1600以上のコミュニティに広がる。活動する回収員は5万7000人以上に上り、動画の冒頭でペットボトルを拾い上げたのもその一人だ。

海岸で拾ったペットボトルの1本1本が回収員にとっては貴重な収入源となる(インドネシア©️CooperVision)

それぞれのコミュニティには、プラスチック廃棄物を再び製品やパッケージへと生まれ変わらせるための下処理を行う回収拠点があり、回収者が持ち込んだごみは、IBMの開発によるブロックチェーン・バンキングアプリを介してクレジット(電子通貨)に換金される。

回収者にとって、海岸で拾ったペットボトルは1本1本がまさしく貴重な資源であり、彼らはそこから得たクレジットを、食料品バウチャーや学用品などの生活必需品の購入に使うだけでなく、健康保険や労働保険、生命保険、そしてインターネット回線など、文化的な生活を送るための生きる手段に充てている。

一方、回収されたプラスチックごみは、「Social Plastic」の名前で製品やパッケージに再利用するリサイクル素材として加工され、さまざまな企業によって、再度ペットボトルや食品容器、椅子、サーフボードといった姿に形を変え、循環型のサプライチェーンに再導入される。そのようにして海岸に流れ着いた1本のペットボトルは、回収者によって新たな一生を始めるのだ。

今できるひとつのアクションとして

人生で初めて視力検査を行い、視力の矯正をした回収員も(インドネシア©️CooperVision)

なぜ、クーパービジョンはプラスチックニュートラルへの取り組みに舵(かじ)を切ったのか。その背景には、コンタクトレンズが「高度医療管理機器」の一つであり、ソフトの場合、酸素を目に通す特性を持つプラスチック素材(シリコーンハイドロゲルやハイドロゲル)からつくられていることが挙げられる。視力を矯正するソフトコンタクトレンズは、プラスチックが無ければ、装着感の良い優れた性能の製品をつくることは難しいともいえ、クーパービジョン・ジャパンの広報担当者によると「今できることのひとつのアクション」として、「プラスチックニュートラルなコンタクトレンズ」の仕組みをスタートさせたのだという。

具体的には、2021年にプラスチックバンクとパートナーシップを提携。日本をはじめとする34カ国で、対象製品のレンズと空ケース、パッケージに使用されるラミネートと接着剤、インクなどの溶剤に使われるプラスチック量を定量化。その重量分のクレジットをプラスチックバンクに支払い、回収員が同量の海洋プラスチックを回収することで、その対価を受け取ることができる仕組みを構築した。日本の場合はすべての製品を対象とし、同社の製品のユーザーは知らず知らずのうちにこの仕組みに参加していることになるという。

同社によると2025年4月現在、金額は明らかにしていないが、量にして、約1万260トンのプラスチック量に当たるクレジットを同バンクに支払った。これは高さが約20センチのペットボトル約5億1300万本に相当するといい、広報担当者は「眼科の医療従事者やレンズの装用者と共にプラスチックバンクに協力し、今年のアースデイを前にペットボトル約5億本分のプラスチックごみが海に流入するのを防いだことになる」と、売り上げにも勝る環境負荷低減の意義を強調する。

さらに2024年からは「見るという日々の経験をもっと素敵なものに」という同社のパーパスに基づき、インドネシアの沿岸地域を対象に、回収員に視力検査や眼科での検診を行うほか、眼鏡を無料で受け取ることのできるクーポンを配布するプログラムも始めた。プログラムを通じて、初めて視力を矯正した人も多く、「目が見えるとはこういうことなのか!」と喜ぶ声が聞かれているそうだ。

汚染を解決するには、貧困を終わらせる必要がある

プラスチックバンクはそもそも、創業者でCEOのデイビッド・カッツ氏が「環境に流入するプラスチック廃棄物のほとんどが貧困地域から排出されている」ことに目を向け、「この悪循環を断ち切り、汚染を解決するには、貧困を終わらせる必要がある。コミュニティの廃棄物管理基盤を整え、住民に収入と社会保障を与える。さらに、プラスチックの消費についてより情報に基づいた決定を下せるよう教育を提供するべきだ」と考えたことから始まった。

※実際に海洋プラスチックごみの80%が街から川を伝って流れ出たごみであり、2015年に科学誌サイエンスに掲載された「陸上から海洋に流出したプラスチックごみ発生量」(2010年推計)のランキングによると、1位中国、2位インドネシア、3位フィリピン、4位ベトナム、5位スリランカとなっている

非営利団体ではなく、れっきとした営利目的のソーシャルフィンテック企業で、利益の大部分は回収事業の収益とリサイクルインフラの開発・維持、素材のトレーサビリティを担保するための技術開発に再投資される。アプリによるデジタルウォレットは、回収者が初めて開設する貯蓄口座となることがよくあり、そこから「プラスチックバンク」という名前がとられたという。

事業活動におけるプラスチック使用量の相殺へ200社が活動


クーパービジョンと同様にプラスチックニュートラルを目指してプラスチックバンクと提携するパートナー企業には、欧米の消費財メーカーや小売業を中心に500社以上が名を連ねる(うち約200社がアクティブに活動)。個々の企業にとっては、ブロックチェーンで管理されたプラスチックバンクのプラットフォーム上で、自社の支払ったクレジットによって、どこの沿岸地域でどれほどの量のプラスチックごみが回収されたかが可視化されることが大きな利点だ。さらに、そのごみがどんな材料に加工され、どんな製品に生まれ変わっていったかという、「海洋プラスチックごみの一生」を追いかけることもできる。

多くの企業が、消費者への呼びかけにも力を入れる。「取引ごとにカード所有者が貯蓄の一部をプラスチックバンクに寄付できる」(英国を拠点とする旅行者向けのフィンテック企業)、「オンライン上で衛生商品が1つ購入されるごとに、ペットボトル1本の回収に充てる」(英国の日用品メーカー)など、方法はさまざまだが、多くの企業がプラスチックバンクのロゴを製品のプロモーションに取り入れている。マーケティングの観点からも、消費者とプラスチックバンクとのつながりを強化しているのだ。

さらに各企業とも、個々の活動におけるインパクトをリアルタイムで開示し、バンクのサステナビリティレポートなども通じて明確で正確なメッセージを伝えることで、グリーンウォッシュのリスクを回避。その上で、「事業活動におけるプラスチック使用量を相殺するという野心的な目標」に向けて取り組んでいるのが共通項だ。

社会変革に向け、企業と個人がそれぞれの立場で行動を

今、こうしている間にも、プラスチックは大量に製造され、捨てられ続けている。打ち上げられたクジラの胃からは大量のビニール袋が発見され、ウミガメや海鳥などの生き物が漂流するプラスチックを食べたり、魚網が絡まって死んでしまったりするニュースは後を絶たない。プラスチックは自然分解されないために海に残り続け、微細なマイクロプラスチックは人の健康にも影響を及ぼす。世界経済フォーラムの報告書によると、2050年には海のプラスチックごみが魚の量を上回る恐れもある。

プラスチック汚染の根絶に向けては、2022年3月の国連環境総会で、175カ国が2025年までに「国際プラスチック条約」を策定することで合意している。その内容については2025年4月現在、結論が持ち越されているが、状況は一刻の猶予もない。今こそ各企業、各個人がそれぞれの立場でできるところから行動を開始しなければ、条約はできても社会変革にはつながらない。


【参照サイト】 
・CooperVision 「バリでのインパクト」 
https://coopervision.jp/our-company/coopervision-sustainability/our-work/bali 
・plasticbank  The global bottle deposit program 
https://plasticbank.com/ 
written by

廣末 智子(ひろすえ・ともこ)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局  デスク・記者

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーを経て、2022年より現職。サステナビリティを通して、さまざまな現場の思いを発信中。

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