
ESG投資は企業のアカウンタビリティ(説明責任)のあり方を変革するはずだったが、それどころか後退し続けている。
昨年、ESGファンドは記録的な資金流出を経験した。投資家は、サステナビリティに重点をおいたポートフォリオから数十億ドルを引き揚げ、ESG格付けへの信頼は崩壊した。かつてESGへのコミットメントをうるさく求めていたブラックロックやバンガードは、社会・環境的な株主提案への支援の内容を大きく変えた。さらに、政治的反発によっていくつかの領域でESGは禁句となり、財務規律であるべきESGが文化戦争の戦場となった。(翻訳・編集=小松はるか)
しかし実際には、投資家はサステナビリティを諦めたというわけではなく、より良いものを求めている。自己申告で一貫性のない情報に依存するESGへの信頼はグリーンウォッシュの懸念を高め、投資家は企業の言葉をもはや信じようとしていない。その代わり、投資家は環境へのインパクトについて証明できるデータを提供する科学的根拠に基づいた枠組み「ライフサイクルアセスメント(LCA)」へシフトしようとしている。
ESGの問題は、説明責任を欠いたデータにある
根本的に、ESG投資はデータの整合性という問題を抱えている。企業はほとんど標準化しないままサステナビリティの取り組みを自己申告し、さらにESGスコアの算出方法はさまざまだ。例えば、同じ企業でも評価機関によってESGスコアが高いこともあれば低いこともあり、投資家がリスクやインパクトを正確に評価することは難しい。
近年の調査では以下のような矛盾が明らかになっている。
- マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院の2023年の研究によると、主要な6つの評価機関のESG評価の相違は大きく、相違の要因の56%は測定方法(指標)の違いによるものだった。
- ロンドン証券取引所の2022年の調査によると、資産運用会社の50%が、今日のサステナブル投資の最大の障壁は「ESGデータの有用性」と「推定データの利用」と回答した。
- KPMGの2023年の調査では、米国の投資家の59%が「堅固かつ信頼できるデータの不足」がサステナビリティ・デューデリジェンスを行う際の課題として挙げた。
この一貫性のなさが懐疑的な見方に拍車をかけている。キャピタル・グループの2023年の調査によると、グリーンウォッシュが資産運用にまん延していると約半数の投資家が考えているという。さらに、レプリスクの2022年の報告書によると、銀行や金融部門でのグリーンウォッシュの事例は1年の間に70%急増した。
投資家はサステナビリティに背を向けているわけではない。投資家が背を向けているのは信頼性のないデータに対してだ。
ライフサイクルアセスメント重視へ
ESGが不十分なら、次の手段はなにか。投資家は、製品や企業の環境フットプリントについて“ゆりかごから墓場まで”分析するライフサイクルアセスメントを、ますます頼りにするようになっている。
環境、社会、ガバンナスという広い分類を一つの評価に集約したESGスコアと違い、ライフサイクルアセスメント(LCA)はサプライチェーンの各段階で生まれる実際のインパクトを追跡するものだ。ライフサイクルアセスメントでは、原料調達から製造、流通、使用、廃棄にいたるまでのCO2排出量、水の使用量、エネルギー消費量、廃棄物の排出量を測定する。
ハードデータ(確かなデータ)へのシフトはすでに始まっている。
- 欧州連合(EU)やカナダ、オーストラリア、カリフォルニアを含む先進的な政府はいま、企業に対してより実情を反映した環境情報の開示を求めている。例えば、EUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD)は、5万社以上にライフサイクルアセスメントに基づく手法を用いた詳細な環境インパクトの開示を求める。
- 未公開株式投資会社や政府系ファンドなどの多くの投資家は、投資を行う前にサステナビリティの主張の正当性を立証するため、ライフサイクルアセスメントをデューデリジェンスの過程に統合している。
つまり、ESG投資は消滅しているのではなく、進化しているのだ。
企業への影響
投資家の信頼を維持したい企業へのメッセージは明確だ。あいまいなESGコミットメントや、もっともらしいサステナビリティ報告書はもはや十分ではない。投資家が求めているのは数字であって物語ではないのだ。
環境への影響について厳密なデータを提供できない企業は、以下のことに直面する可能性がある。
- 報告要件が厳しくなり、規制機関の審査も厳密になる
- 投資家が検証可能なサステナビリティ指標を持つ企業へシフトし、資本コストが高まる
- グリーンウォッシュへの懸念が株主アクティビズムや法的な異議申し立てにつながり、レピュテーションリスク(企業の評判を低下させるリスク)が発生する
一方で、ライフサイクルアセスメントを取り入れ、科学的根拠に基づいたデータを提供する企業は以下のような利益を得ることができる。
- 資産運用組織が透明性やリスクの低いサステナビリティ投資を優先するなか、投資資本を手に入れやすくなる
- 購買者や企業パートナーがサプライチェーンの透明性をより一層求めるようになり、市場での差別化が強化される
- 政策立案者がESGの主張を厳しく取り締まり、規制に対するレジリエンスが高まる
サステナブル投資の未来 ESGの先へ
ESGは完全になくなろうとしているわけではなく、再定義されようとしているのだ。ESGスコアをサステナビリティのあらゆる状況に対応するものとして頼りにする時代は終わった。投資家、規制機関、企業経営者は明確で科学的根拠に基づいた情報を必要としており、ライフサイクルアセスメントが新しいスタンダードになりつつある。
企業と投資家にとってこの転換は、適応のための重要な局面だ。時代遅れのESGモデルに固執する企業は、新たな期待に応えることに苦労するかもしれない。測定可能で検証可能なインパクト指標を取り入れる企業は、長期的な成功を手にするだろう。
サステナブル投資は新たなフェーズに入った。説明責任と透明性のあるハードデータに注目が集まっている。いまこのことを認識する企業は今後も繁栄するだろう。