
Image: Christian Lue
欧州委員会が発表した「オムニバス法案」には、サステナビリティ開示義務の適用縮小や適用延期などが盛り込まれている。現行規則の簡素版と言われているが、そうした緩和の方向に甘んじていると企業は足をすくわれかねない。傍観することのリスクや中国が新たに発表した開示義務などを踏まえ、同法案を機にレジリエンスを高める上で企業がなすべきことを改めて考察しておこう。(翻訳・編集=遠藤康子)
欧州委員会は2025年2月26日、欧州連合(EU)の持続可能性に関する複数の規則を簡素化したオムニバス法案(通称Omnibus proposal)を公表した。これを受け、企業の持続可能性部門には不安が広がっている。簡素版と謳われてはいるものの、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)や企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)、タクソノミー規則(TR)といった持続可能性に関する重要規則が大幅に変更されている。適用範囲の縮小や適用時期の延期などが記されている内容を見ると、規制の重荷が緩和されたと感じるかもしれないが、実際には複雑さが増している。企業は、これを機にESG対策のペースを落とそうなどと考えていると、のちのち取り残されてしまう恐れがある。
たとえ規則が変わっても、先を見据えて行動し、着実なデータ収集業務の手を緩めず、ポジティブ・インパクトの実現に本気で取り組もうとする企業は、世界経済がますます複雑化してもレジリエンスと競争力を強化できるだろう。また、中核戦略に持続可能性を組み込めば、多面的なリスクに対応できる準備がさらに整い、グリーンボンドやサステナビリティ・リンク・ローン(借入企業のSDGs・ESG戦略や目標によって融資条件が変わるローン)といったサステナブルファイナンスを介した価値創造の機会を生かせるようになる。
重要なのは、多種多様なステークホルダーが企業に対して、意義ある行動やインパクト測定、ESGパフォーマンスの開示を求めていっそう圧力をかけていることだけではない。そうした圧力がいまや、安定した財務状態やレジリエンス、長期的な競争力にとっても必要不可欠なものになっていることだ。
「様子見」に伴うリスクとは
オムニバス法案は、新たな基準値や適用時期の延期、要件の変化が混在する状態を招いた。報告義務の適用範囲を縮小し、これまで適用対象だった企業の約8割を除外して報告義務を最も大規模な企業に集約したほか、一定企業への適用開始時期を2年延期している。だからと言って、サステナビリティ報告の影が薄くなるわけではない。それどころか、オムニバス法案を受けて対策の手を緩める企業は、ゆくゆく手痛い報いを受ける可能性がある。
よく言われることだが、EUの立法手続きは緩慢で予測が難しい。公表に至ったとはいえ、オムニバス法案が最終的に採択されて各国で実施されるまでには何年もかかる可能性がある。その一方で、EU加盟国18カ国ではすでに現行のCSRD に準じて国内法制化され、施行が進んでいる。自分たちは適用を免れたとみなしていると、のちに要件が変わって慌てる羽目になりかねない。おまけに、投資家や金融機関、サプライチェーンの提携先は規制の変更に関係なく、今後も企業に対してESGパフォーマンスに関する透明性を求め続けるだろう。
CSRDの違反取り締まりは国ごとに行われ、刑罰はEU加盟各国が独自に定めている。例えば、フランスでCSRDに違反すると、罰金刑や公的調達入札手続きからの除外のほか、監査妨害に対しては刑事罰として最高5年の懲役刑が科せられる。ドイツでの罰金最大額は1000万ユーロだ。また、違反企業に年間売上高の最大5%相当の罰金が科せられる国もある。
中国政府のサステナ開示基準は要注目
興味深いことに、欧米では規制の後退や開示要件の縮小が検討されている一方で、中国はその逆をいっている。中国政府は2024年12月に企業向けサステナビリティ開示基準(CSDS)試行版を発表し、ESG透明性に向けた本気度を示した。中国のCSDSで示されたのは、セクター別の開示要件と、大企業向け開示義務の段階的な導入だ。中国の制度は、明確に定められた一連の環境的・社会的な定量的指標に重点を置いている。また、国際的な枠組みと足並みを揃え、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)、ならびに持続可能性に関する報告基準を策定するグローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)と緊密に連携している。現行の財務報告とサステナブル報告との統合も進められている。
業務や販売を世界展開している企業にとって、中国政府によるCSDSの発表はESGを取り巻く状況が転換したことを意味する。従って、測定と開示が求められる文化を受け入れれば、将来的なリスクを回避して国際的な競争力を向上できることになる。中国は世界有数の消費国ならびに市場という地位を固めつつある。そうした中で、企業がESGパフォーマンスの開示に向けて準備を整えていけば、より有利に経済大国・中国と関係を築くことができるだろう。
CSDSの遵守に当たっては、データ収集とデータ検証の強化が必要であり、サステナビリティ報告が中国の規制当局から承認を得て市場に参入する上での大きな要素となる。適応しなければ、市場参入が阻まれたり、投資家を呼び込めなくなったり、規制当局から監視の目を向けられたりする事態を招きかねない。その上、サプライチェーンの透明性がいっそう不可欠となるだろう。中国で原材料の調達や製造を行っている企業は、自社サプライヤーがCSDS要件を確実に満たすようにし、世界的サプライチェーン全域でESGへの期待値を上げなくてはならないからだ。
今後のサステナ対策で企業が注意すべきこと
規制の変化に応じてESGデータ管理の手を緩めることは、企業が犯し得る最大の過ちの1つだろう。オムニバス法案で開示義務の適用が延期されたとはいえ、リスク管理やステークホルダーとの情報交換、長期戦略の面では、確かなサステナビリティ測定基準が依然として不可欠だ。企業は今後も、ダブルマテリアリティ分析に磨きをかけて、財務リスクと環境インパクトの両方を確実に把握しなくてはならない。また、スプレッドシートを使った旧式の方法を止め、体系化された高品質のデータ管理と報告を継続できるESG管理用ソフトウェアシステムを導入すべきだ。
オムニバス法案では、監査法人などによる第三者保証について要件が変更され、限定的保証から合理的保証への義務的移行が見送られた。そう聞くと猶予が与えられたと思うかもしれない。しかし、企業は監査法人との契約を見直し、ESG報告で今後も重要となるのはどういった点であるかを監査役と協議して見極めるべきだろう。監査の対象範囲と変化する要件とを事前に照らし合わせ、土壇場で契約見直しを迫られることのないようにしたい。また、ESGに関する主張については、投資家や金融機関による精査が今後も続くため、サステナビリティ報告の信頼性を確保しなくてはならない。
オムニバス法案はEU加盟各国がランダムに施行していくことから、規制シナリオは各国によってさまざまだ。透明性を最大限に高めるために、企業の持続可能性部門は外部専門家、社内の法務部ならびに財務部と密に連携し、複数の規制環境で整合性を図って差異が生じないよう努めなくてはならない。それと同時に、企業はこの機会を生かして市場における自社の地位を強化すべきだ。透明性と一貫性のある情報開示が、投資家の信頼獲得とサプライチェーンとの関係性に不可欠であることに変わりはない。
先を見据えて:ESGを味方に付けて競争力を高める
オムニバス法案は、持続可能性の取り組みを後退させてもいいという青信号ではない。それどころか、企業のESG戦略にとっての試練だ。持続可能性の実現に向けて引き続き力強く歩んでいく企業は、長い目で見ればより強くなる。一方、後ろ向きの姿勢を持つ企業は取り残されていく。
結局、オムニバス法案を前に企業が取るべき最善策は、様子見ではなくESG戦略の先頭に立って動くことである。ESG関連データの収集や評価を安定的に実施し、部門を超えた協力体制を確立し、規制変更を先回りすることが必要だ。そうすれば、企業はコンプライアンスを順守できるだけでなく、持続可能性の重要度が増す経済において自社の市場ポジションを強化することができるだろう。