![]() (写真提供:CLOUDY)
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国内でファンが急増しているファッションブランド「CLOUDY」。アフリカ・ガーナに生産拠点を置き、民族柄や伝統の織り、特産品などを活用したバスケットや雑貨などの商品を展開している。目指すのは「営利と非営利の循環」によるアフリカの継続的かつ包括的な支援で、ブランド運営を通したビジネスを手掛けるのは株式会社DOYA、ガーナでの雇用・福祉・健康などの支援活動を手掛けるのはNPO法人CLOUDYと、ハイブリッドな法人格を横断する。
NPO法人CLOUDYの副理事で、たった一人でガーナで仲間を集め、拠点を立ち上げてきた鳥居優美子さんは「お金を回さないと支援は続かない」と社会貢献と営利活動との「両輪」の重要性を強調する。鳥居さんの日本一時帰国に合わせ、これまでの歩みや現地での経験、現在見据える課題や展望について話を聞いた。(横田伸治)
「雇用が必要」からたどり着いたアパレル事業
NPO法人CLOUDYの前身となったのは、NPO法人Doooooooo。設立者の銅冶勇人(どうや・ゆうと)氏は慶應義塾大学在学中、一人でアフリカ・ケニアを訪れた際にアフリカのスラム街の暮らしを体感。帰国後すぐにスラム街への送金を始め、外資系金融会社に就職して3年目の2010年に同法人を立ち上げた。
銅冶氏がまず取り組んだのは、ケニア国内での学校建設だった。学校に行けない子どもたちに教育機会を与え、社会の土台を固めようとした取り組みだが、そこで目にした現実は「卒業後は就きたい仕事につけず、ごみ山に戻っていく」若者たちの姿だった。
そこで、教育だけでなく雇用支援もセットで、アフリカに暮らす子どもや若者が社会的地位を確立し、経済的に自立するプロセスを作り出していくことを決意。アフリカの縫製文化の浸透度や、学力がなくとも技術を身につければ収入を得られる点に着目し、アパレル事業と教育支援活動の組み合わせにたどり着いた。
![]() 銅冶氏(左) (写真提供:CLOUDY)
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2024年12月現在、NPO法人CLOUDY(2022年にDooooooooから改称)が手掛ける教育支援は、ケニア国内に2カ所、ガーナ国内に5カ所の学校を設立するまでに成長。行政から運営の委託を受け、学校給食制度の整備や教科書の支給、教師の研修・マネジメントなどを行っている。
一方の雇用創出については、2012年に縫製拠点を立ち上げて支援を開始。2015年には株式会社DOYAとして法人を作り、アパレルブランドCLOUDYをリリースした。現在はガーナ国内の縫製・バスケット製造の拠点で600人以上を雇用・研修している。
![]() FEILER×CLOUDYコラボレーションポーチ
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![]() CLOUDYアフリカンテキスタイル バッグ
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さらに2020年以降は、学校での性教育をはじめとする健康・医療分野の支援にも進出。10代女性の予期しない妊娠が依然として多く、生理に関する社会理解も進んでいないことなどが背景で、高額な生理用品を買えない女性向けに、布ナプキンの資材やミシンを寄付した上でナプキンの作り方を授業で教えるなど、一時的な寄付や支援で終わらない社会変革を目指していることが特徴だ。
日本と真逆の世界に圧倒され、たった一人でガーナへ
一般企業で働いていた鳥居優美子氏がCLOUDYに入職したのは2015年。大学の同級生だった銅冶氏から「事業会社(DOYA)を立ち上げる準備をしているから、参加してくれないか」と電話を受けたことがきっかけだったという。
「幼少期をアメリカで過ごしたこともあって、『海外』とか『子ども』をキーワードに仕事がしたいと思い、大学卒業後は旅行代理店で働きました。だんだんとマーケティングに関心が高まり、広告代理店に転職したのですが、30歳ごろには『やっぱり子どもに関わる仕事がしたい』と考えるようになって。ちょうどそんなタイミングで銅冶から連絡が来たんです」(鳥居氏)
![]() 鳥居氏(左)と銅冶氏(写真提供:CLOUDY)
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アフリカには行ったことが無かったという鳥居氏だが、さっそく会社の有給休暇を取り、ケニアに行ってみることにしたという。
「それまでは先進国しか知らなかったから、生命力のすさまじさに衝撃を受けました。貧しい環境でもすごく笑顔が印象的で、幸せそうだったことにも圧倒されましたね。アフリカに関わろうとは思っていなかったんですが、見て触れてしまったら、もう国は関係ないなと思いました。ここに住む人の役に立てることがあるなら頑張りたいと決めました」(鳥居氏)
2015年4月に入職することに決め、直後から単身でガーナに駐在。何のコネクションも無い土地で、縫製工場の場所を決め、ワーカーを集めて、半年後にはアパレルブランドCLOUDYのリリースを成功させた。
![]() (写真提供:CLOUDY)
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当初はガーナで活動するJICA海外協力隊を頼りに、すでに裁縫の職業トレーニングを行っている訓練所の情報を教わったり、信頼できるガーナ人のパートナーを紹介してもらったりしながら、鳥居さんは少しずつ人脈を広げていったという。
特に、協力隊員の隣に住んでいたことから知り合ったという保健省職員(当時)の男性との出会いについては「彼以上の人には出会っていない。教育省など政府との調整を担ってくれるし、学校の設置場所の立案、資材・大工の手配もしてくれた。『彼が信用している人なら』と、さらに仲間も増えたんです」と振り返る。
現在も鳥居氏は、ガーナ国内5カ所の学校運営や経営、教員研修に奔走する一方で、「家族のよう」と語るワーカーやパートナーたちとともに、日々雑貨やポーチ、バスケットの製造を推進する。日本国内で正規品と認められず不良品扱いとなる「B品」率も、当初は40%と高かったものの現在では月間0%を達成するなど、ワーカーの技術も確かに高まり続けている。
広がり続ける課題を吸い上げ、社会に実装する
「日本から支援に来たと言うと、恐ろしいくらい人が集まってくるんです」。鳥居氏は現地の子ども・若者や女性と日頃から時間を共有する中で、数え切れないほどの新たな課題にも日々向き合ってきた。
支援の中で見えた課題を吸い上げて社会実装している例が、テキスタイルデザイナーの育成とビジネス支援に端を発する「クリエイティブアカデミー」だ。CLOUDYブランドを展開する中で、縫製だけでなく、素材となるファブリックのデザイン価値に注目するようになったことがきっかけだという。
![]() (写真提供:CLOUDY)
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「ガーナで一番大きいファブリックブランドのデザイナーに話を聞いた時、『アフリカ中で売れているブランドでも、僕の給料は月に1~2万円だけ。クリエイターが認められて、生きていける社会ではない』と言われて驚きました。こんなに素敵でオリジナリティのある文化なんだから、本当は世界規模で活躍できるスキルのはず。私たちがデザイナーを育成して、外の世界にアピールしていく架け橋になりたいと思いました」(鳥居氏)
さらに、デザイナー向けの講座を試行実施する中で、フォトグラファーにも同様の課題があることを知ったことを入り口に、写真、映像、プロモーションなどデザイナー以外のクリエイターにもアカデミーを開くことに。2023年7月には、CLOUDYで商品開発やブランディングなどを手掛けるクリエイター陣を講師に迎えて正式開校し、教育省と提携して大学生をインターンとして受け入れるスキームを確立したほか、ソニーがスポンサーとなり、無償でカメラ機材の提供も受けられるようになった。
雇用支援の幅は、これにとどまらない。鳥居氏はコロナ禍に各地のスラム街を周り、食料支援を実施。そこで聞こえてきたのは「手に職をつけたいが、縫製ではなく、ハサミとバリカンでできる理容師になりたい。だが教えてくれるところも資格制度もない」という若い男性たちの声だった。
鳥居氏たちは、すぐに協力してくれる理髪店をリサーチ。結果、東京で銅冶氏が通っていた理髪店が講師を務めてくれることになり、さっそくガーナで30人程度の若者向けに講座を実施。試験に合格すれば修了証書がもらえるもので、年間プログラムとしてトレーニングを続けた。
![]() (写真提供:CLOUDY)
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このトライアルが結実し、「バーバーアカデミー」として正式事業化、さらにガーナ政府からもカリキュラム内容を認められ、公立の専門学校として運営していくことになった。今後はさらに、受講生の雇用支援、理容師の地位や待遇向上に向けて活動を加速させていく見通しだ。
鳥居氏は「最初から決めていることなんて無いんです。予想しなかった方向に派生していくことばかり」と笑うが、事業の柔軟性とシビアな経営判断の「両輪」を忘れない。その背景には、すでに10年間に及ぶガーナでの支援活動の裏で見てきた、多くの「裏切り」や落胆があった。
後編記事では、鳥居氏が見た支援現場の実情と、それでも「ガーナの若者の人生を好転させたい」と前を向く原動力について掘り下げる。
株式会社DOYA/NPO法人CLOUDY 副理事
2008年慶應義塾大学経済学部卒業後、旅行代理店、広告代理店を経て2015年株式会社DOYA・NPO法人CLOUDY入社。
ガーナ在住。現地にてCLOUDY商品の生産管理、NPO活動全般を統括している。
“自走できる社会を共に創る。”をモットーに、ガーナの仲間たちと共に歩み、彼らが自身で切り開いていく未来を創造する。
横田 伸治(よこた・しんじ)
東京都練馬区出身。東京大学文学部卒業後、毎日新聞社記者、認定NPO法人カタリバを経てフリーライター。若者の居場所づくり・社会参画、まちづくりの領域でも活動中。