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脱炭素社会の実現に向けて水素エネルギーが注目される中、国内の自動車メーカーで他社に先駆けて水素を活用した燃料電池技術の開発に取り組んできたのが本田技研工業(以下、ホンダ)だ。CO2を排出せずに発電・走行できる燃料電池車(FCEV)をはじめ、水素が持つエネルギー効率の高さを生かした商用トラックのFCEV化や、産業領域における発電機のクリーン化など、新たなフィールドの開拓も視野に入れ、企業変革にもつながる事業拡大を進めている。
改めて、いま、なぜ水素なのか、ホンダは水素をきっかけにどんなアプローチを通じて、業界の変革をリードしていこうとしているのか――。3月18・19日に開かれる「サステナブル・ブランド国際会議2025 東京・丸の内」を前に、1日目の基調講演に登壇する同社のコーポレート事業開発統括部 水素事業開発部 部長の長谷部哲也氏に、サステナブル・ブランド国際会議 ESGプロデューサーの田中信康氏が話を聞いた。(横田伸治)
水素を含めた、適材適所のエネルギー活用
田中:ホンダは2050年のカーボンニュートラル達成に向けて取り組みを加速させています。その中で特に重要な位置付けとなる水素分野について、概要を教えてください。
長谷部:ホンダは、製品と企業活動を含めたライフサイクルでの環境負荷ゼロの実現を目指して、カーボンニュートラル、クリーンエネルギー、リソースサーキュレーションを3つの柱として定め取り組んでいます。もちろん水素は重要ですが、それだけでは不十分です。水素、再生可能エネルギーを前提とした電気、また将来的にはカーボンもエネルギーキャリアとして含め、これらを適材適所で使っていける社会を目指しています。
水素のエコシステムは幅広いですが、「つくる、ためる・はこぶ、つかう」の要素が軸になります。特に「つかう」の領域では燃料電池が中心にあり、従前からの商材である四輪事業から用途を拡大し、燃料電池を活用できるフィールドを新たに開拓することをミッションと定めています。具体的には、長距離を走行する商用トラックや、工場や商業施設などの発電機として設置される定置型電源、またはディーゼルエンジンで駆動するショベルやホイールローダといった建設機械というように、比較的大型で出力が大きく、稼働率が高いものに燃料電池は向いているのではないかと。
水素と電気の得意不得意を見極め、燃料電池とバッテリーを組み合わせながら、社会のニーズを広く解決していきたいと考えています。
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田中:ホンダは、国内では最も早く燃料電池の技術開発に取り組んできた企業の一つですね。
長谷部:1990年代から研究を進め、特に四輪の乗用車の領域で貢献できるパワーユニットとして、トヨタさんをはじめ他社とも切磋琢磨しながら燃料電池の技術を磨いてきました。
田中:先ほど適材適所という言葉がありましたが、改めて「なぜ水素なのか」、水素の特徴を踏まえてお聞かせください。
長谷部:例えば太陽光パネルや風力発電によって作った再生可能エネルギーは、本来はその場でそのまま使うのが最も効率が良いとされます。しかし実際には、発電できる気候や地理的な要件を満たす地域と、電力を大量に使用する地域は離れていることが多く、エネルギーの運搬が必要になります。液体燃料であれば貯蔵や運搬が可能ですが、電気はバッテリーに貯めても自己放電が生じてしまいますし、大きなエネルギーを貯めるにはとてつもない規模のバッテリーが必要になるため、(再生可能エネルギーを)既存の電気インフラに乗せて運用することが難しいのです。
一方の水素は、再生可能エネルギーの電気を電気分解によって置き換えられるため、貯蔵・運搬ともに可能になりますし、バッテリーと比べてもエネルギー密度が高く、大容量をコンパクトに運べます。地域特性に応じて、発電した電気のうち何%を水素にすべきかという割合は変わってきますし、もしかしたら、離島などの小規模なコミュニティー内では電気だけでもいいのかもしれません。しかし国外での活用を想定し、需要地までの距離が生まれる場合では、水素のような代替手法をうまく組み合わせることが必要なのだと考えています。
新たなマーケット開拓とバリューチェーン再構築へ
田中:今後の燃料電池車のマーケットの見通しはいかがでしょうか。
長谷部:次に来る節目はやはり2030年と見ています。アメリカや欧州など先進国の政策動向にかなり左右される分野で、特に北米では政権交代もあって先行きは不透明になっていますが、2050年のカーボンニュートラル達成から逆算すると、2030年までにやるべきことは非常に多い。不透明な時代をくぐり抜けながら、機会が来た時にちゃんと適応できるよう、準備しておくことが勝負どころになります。
日本はもともとエネルギーの輸入依存度が高い国なので、比較的先進的にエネルギーセキュリティに取り組んできました。続いて欧州が水素の取り組みを継続的に強化していますが、ウクライナ戦争によってロシアからの天然ガスが入らなくなったことで、水素の活用推進がさらに後押しされたと見ています。欧州はマーケットも広く、それぞれの国の特徴も違うので対応は簡単ではないですが、総合的なポテンシャルは上位に来ると見ています。
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田中:現在直面されている課題としては、何が挙げられるでしょうか。
長谷部:大きく3つの課題があります。一つは先程もお話したように、燃料電池モジュールを乗用車以外の産業用途で活用する、つまりディーゼルエンジンと同等の役割を担えるよう、性能・耐久性の向上や低コスト化など技術を磨いていくこと。もう一つは、水素のバリューチェーンを整えることです。商用トラックの例で言えば、OEMで車両を企画開発するにあたって、部品の調達から運用会社への提供までのバリューチェーンがすでに強固に出来上がっています。ここにEVや燃料電池車を加えようとしても、各プレイヤーの(環境負荷対策に対する)認識度・重要度等のベクトルを合わせるのが難しい状況なのです。「つながっていて当たり前」だったバリューチェーンが切れた状態になってしまうので、各ステークホルダーと同じ方向を向いて導入を進めていくことが難しいポイントです。そして最後に、水素の供給です。現状の燃料価格と同じような感覚で使えるように利便性を高めつつ、いかにクリーンに整えるか。
これらの課題にはホンダにとっては新たなチャレンジとなる領域もありますが、どれだけ業界変革に向けてリーディングしていけるかが重要だと思っています。特に、従来の四輪乗用車のように完成機を自分たちで持っているビジネスだけでなく、完成機をすでに備えているお客さまにも燃料電池モジュールを提供したいと考えているわけです。これまでとは異なる立ち位置でビジネスを展開していくために、企業変革とケイパビリティの確保が必要になります。
田中:従来と異なるステークホルダーと協働・共創していくためには、アプローチも変わってくるのでしょうか。
長谷部:そうですね。正直に言うと、新たなビジネスの開拓に対する組織と個の経験値が豊富にあって始めたわけではない状況ですので、2022年4月に水素事業開発部が組織されてからこれまで、手探りで学び続けてきました。おそらく他社さんも同じ悩みに直面しているだろうと思いつつ、試行錯誤をいかにスキルやケイパビリティに変えていくか、日々トライしている状況です。
田中:一方のインフラ整備は、一業界だけにとどまらない課題とも言えますね。
長谷部:はい。自動車業界は百年に一度の変革と言われますが、カーボンニュートラル化という文脈の中で、結果的には非常に多くの業界が変革を迎えるのだろうと思います。ホンダはもともと「独立独歩」というか、自分たちだけで事業を進めるのが好きな会社なのですが、これだけの規模の事業は自分たちだけではできないので、仲間づくりや協働・共創を大切にしています。EVや水素の取り組みは、もはや同時に動かしていかなければ2050年のカーボンニュートラルにたどり着けないという難しさもありますから、経営のバランスの取り方も変革しながら進めなければならないのだろうと思っています。
ホンダブランドを生かし理解促進にも注力
田中:そうした中で、御社の競争優位性はどこにあるとお考えでしょうか。
長谷部:やはり他社に先駆けて燃料電池に取り組んできた点が挙げられます。それ以外にも、長年ホンダブランドとして四輪の乗用車や二輪などを社会に提供し、お客さまに貢献してきた実績があります。これは新しい技術を試していただく際のファーストフックの部分では大きな強みになると感じます。また既存商品の幅の広さも特徴で、常にお客さまの満足を超えていく方法を探りながらチャレンジし続けてきたことが、事業拡大のノウハウにもつながると考えています。
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田中:改めて、今後の長期的な展望をどのように描いていらっしゃいますか。
長谷部:まずは冒頭に申し上げた通り、2050年のカーボンニュートラル実現が一つの目標になっています。水素事業としては国内に次世代の燃料電池の生産工場を構えていくことを考えており、燃料電池の次期モデルも開発中です。
2030年を節目と捉えているものの、道のりは不透明な状況です。コア技術である燃料電池モジュールを自社製品のみならず外販というBtoB事業にも展開することで、市場の規模や動向を見定めながら、変曲点を作っていきたいです。例えばEVでは、2015年から2016年を契機としつつ、2020年代前半に変曲点が現れました。カリフォルニアでは、新車販売の2割程度がEVとなったわけです。水素に関しても、こうした契機を作るためならやれることはなんでもやります。
田中:マーケティングのコミュニケーションとしては、消費者の反応や理解も重要になりますね。
長谷部:消費者の環境意識は近年高まってきていると思いますが、それでも「水素って危険なんじゃないか」というイメージを持っている方もまだおられるので、啓発活動にも力を入れています。例えば小中学生を対象とした教育事業として、モデルカーに水素を注入したり、水素を使った実験をしたり、エネルギーについての出前授業を行ったりと、まずは水素に親しんでもらうことを重視しています。
新しいことに取り組む際には「どう実現するか」だけでなく「どう理解してもらうか」が大事です。ここには若干の時間差が生じるのは常ですので、このギャップを企業ブランドのコミュニケーションによって補うこともポイントかと考えています。カーボンニュートラル達成、循環型社会の実現に向けて、技術開発と同時に「普及」に向けた働きかけも続けていきます。
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長谷部 哲也(はせべ・てつや)
本田技研工業株式会社 コーポレート戦略本部 コーポレート事業開発統括部 水素事業開発部
部長
1993年Honda入社。本田技術研究所にてHEVシステム研究などを経て、2016年から四輪開発センター EV開発室長、2020年から先進パワーユニット・エネルギー研究所エネルギー戦略統括を担当。2022年より現職。
写真:原 啓之
横田 伸治(よこた・しんじ)
東京都練馬区出身。毎日新聞社記者、認定NPO法人カタリバ職員を経て、サステナブル・ブランド ジャパン編集局デスク・記者。 関心領域は子どもの権利、若者の居場所づくり・社会参画、まちづくりなど。