![]() 「どんな性的指向や性自認のあり方でも、差別を受けない社会をつくらなくてはいけない」と一般社団法人fair松岡宗嗣 代表理事
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DE&Iやウェルビーイングといった言葉を通じて、一人ひとりの多様性や、幸福の追求が重要視されるなか、日本では同性婚の法律化がなされないなど、今もって、性的マイノリティの人たちが取り残されている現実がある。2023年6月に紆余(うよ)曲折を経て施行された「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(LGBT理解増進法)」からは、当初盛り込まれていた「差別は許されない」という文言は削除された。
一方で、今年はパリ・オリンピックで性別をめぐるバッシングが起こったり、NHKの朝ドラ「虎に翼」が話題になるなど、この問題が改めてクローズアップされる場面も多かった。そうした中、サステナブル・ブランド ジャパンのユースコミュニティ「nest(ネスト)」が定例会の講師に招いたのが、ゲイの当事者で、平等・公正な社会の実現を目指して発信を続ける、一般社団法人fair代表理事の松岡宗嗣(そうし)氏だ。
同じ若者として、松岡氏は、nestのメンバーに何を伝えたのか、多様な性の人たちが、当たり前に存在する社会とはどういうものか、改めて話を聞いた。(松島香織)
マジョリティの無理解によってマイノリティは差別を受けている
――LGBT理解増進法の法案の審議では、国会で参考人を務められました。松岡さんたちはどのような法律を望まれていたのでしょうか?
松岡:私たち、当事者コミュニティが求めていたものは、性的指向や性自認に関する差別を禁止する法律でした。それは、差別を認めないという基盤を作って欲しいという要望でした。しかし残念ながら、今の日本の政治状況では差別を禁止することができなくて。結局できたのは「理解増進法」で、さらに当初、法案にあった「差別は許されない」という文言すら、「不当な差別はあってはならない」に変更されてしまいました。
――成立した法律は、当事者側を見ていないように感じられますね。
松岡:同性婚を法制化したくないという理由で、差別禁止が入らなかったのではないかと、私は考えています。つまり、異性となら結婚できるが、同性カップルでは結婚ができないとなると、それは「差別になる」からです。
マジョリティの無理解によってマイノリティは差別を受けているのですが、「多数派の人々の安心に留意する」というような趣旨の規定が入ってしまいました。マジョリティが不安を感じない範囲で、理解できる範囲でとなると、いつまでたっても差別はなくならない。本末転倒というか、マジョリティに理解があろうとなかろうと、どんな性的指向や性自認のあり方でも、差別を受けない社会をつくらなくてはいけないと思います。
政治だけが変わらない
――先ほどおっしゃった同性婚も日本では法制化されていませんが、いちばんの壁はどこにあるでしょうか?
松岡:同性婚に関しては、世論では賛成が過半数を超えています。若い世代では8~9割が、自民党の支持層でも6割ぐらいが賛成していたりするので、社会としては受け入れる準備は整っていると思っています。
ですが、政治だけが変わらない。年配の同質的な男性ばかりが政治を担っていることも大きな要因でしょう。宗教的な理由から反対する組織と政治のつながりも根強く、ジェンダーやセクシュアリティ、家族に関することでは、世の中の意見を反映できてない政治になってきてしまっている。
――今年の夏にはドイツやスウェーデンに視察に行かれたそうですが、この問題を巡る両国の状況はどうでしたか?
松岡:ドイツもスウェーデンも、差別を法律で明確に禁止し、場合によっては賠償責任が問われることがあります。また、政府が主体的に、差別に反対する明確なメッセージを出したりするので、政府の姿勢として日本と大きな違いがあります。
ただ、両国ともいわゆる極右と呼ばれるような保守勢力が台頭してきていて、争点は、移民に関するイシュー(課題、問題点)やジェンダーやセクシュアリティ、家族についても焦点化されています。トランスジェンダーのバッシングなども増えてきていて、どちらの国でも課題として出ていました。
――海外でも同じような問題はあるのですね。トランスジェンダーへのバッシングは、パリ・オリンピックでもSNSの発信などを通じて目につきました。
松岡:トランスジェンダーへのバッシングは国際的な問題で、保守派の政治的なキャンペーンとして行われていることが各所で指摘されており、今回もその一環と言えます。ただ、誹謗(ひぼう)中傷を受けた選手はトランスジェンダーではない女性の選手でした。出場することに問題はないはずなのですが、トランスジェンダーに対するバッシングが翻って「女性」を狭めるよう誘導されてしまっている。とても痛ましく思いながらニュースを見ていました。
人権の概念は、広く普遍的なものです。トランスジェンダー女性もシスジェンダー女性も含めた女性の権利や、安全を守ることは矛盾しません。すべての人が生まれながらにしてもっている権利が人権で、もちろんスポーツをはじめとしたルールなどの「調整」が必要なところはありますが、少なくともSNSでの言説にあおられず、実態に即した冷静な議論が必要だと思います。
『虎に翼』に思うこと。若い世代に伝えたいこと
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――今年は朝ドラの『虎に翼』が法曹界を舞台にしつつ、セクシュアリティもテーマにしていて、大きな反響を呼びました。特にテレビを見ない若い世代が見ていたと言われましたが、松岡さんはどういう思いで見ていましたか?
松岡:ドラマの中で「俺らが死ねば、俺らの関係は世の中からなかったことになる」というような、同性カップルのせりふがありました。「結婚しなくても、2人で幸せに生きていけばいい」と思うかもしれませんが、現実問題として死に目に会えないとか、法的に権利が守られないことが多くあります。
ドラマを通して、登場人物から社会問題をひも解いていくことは、大きな意味のあることです。『虎に翼』の脚本は性的マイノリティをめぐる問題に真摯(しんし)に向き合っていると感じました。
――7月のnestの定例会では、社会課題の本質を学び、解決に向けた行動につなげようとしているメンバーに、どのようなことをお話しされましたか?
![]() 7月のnest定例会。nestメンバーは松岡さんの講演に刺激を受けた
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松岡:今の日本の若い世代は同性婚への賛成が高いけれども、選挙では反対している政治家に投票することが往々にして起きています。マイノリティの人権を守るということが、投票行動につながっていないところに、この問題の難しさがあると話しました。
それから定例会ではお話ししませんでしたが、若い世代に関連して、ある調査では「平等に関する政策はやり過ぎ」だと思っているZ世代の男性の割合が増えています。
DE&Iの取り組みは、本来は、構造的にこれまで不均衡だったものを、公正な状態に戻していく取り組みなのですが、LGBTQ+について報道され議論が活発になると、無自覚に受けていた優位性や恩恵が奪われていくように感じ、「自分も大変なのに、マイノリティの話ばかりしている」と思うのかもしれません。
――そうした風潮を変えるには、どうしたらいいとお考えですか?
松岡:一つは自分の大切な友人や家族だったらと、自分事化して考えること。それから知識も必要です。例えば、せっかくできた理解増進法も、議論が複雑になって多くの人には分からなくなったり、トランスジェンダーのトイレの利用ばかりにフォーカスされてしまったり、冷静な議論ができていない。丁寧な正しい議論を、本来は積み上げなくてはいけないのですが。
――そうするとやはり、教育が重要ですね。
松岡:教育は大事です。今、学習指導要領には性の多様性のカリキュラムが入っていません。一部の先生が取り入れたりしていますが、現場次第でなく、正しい性の多様性に関する知識を、子どもたちに届けることが必要です。それから教員養成課程にも必修であってほしいですね。
当事者の視点が全てにおいて大事
――企業のLGBTQ+に関する取り組みの好事例はどのようなものがあるでしょうか。
松岡:日本では例えば、KDDIは性的マイノリティのカップルとその子どもも含めた「ファミリーシップ制度」を初めて導入しました。国は同性カップルとその子どもを家族として認めていませんが、企業が家族として認めて子の看護休暇などを利用できます。企業の制度導入が、自治体に取り入れられていった好事例でもあります。
最近増えてきているのは「ERG(従業員リソースグループ)」による取り組みです。当事者を含めた有志のグループで交流したりLGBTQ+に関して社内で啓発をしたり、「女性」や「障がい者」などいろんなグループがあります。
当事者なしで、企業が前のめりになって取り組んだ際、ニーズと合ってない方向に進んでしまうことがあります。当事者のニーズが可視化され、人事などさまざまな部署と連携して会社を変えていく動きの起点となる。ただ、企業が本来やらなくてはいけないことをERGに任せて、単なるボランティアとするのではなく、働いている時間の何割を使っていいと認めたり、積極的にサポートしてほしいですね。
――LGBTQ+に関する発信は慎重さも求められると思いますが、企業はどのように発信すべきでしょうか。
松岡:一言では難しく、ケース・バイ・ケースではありますが、当事者視点は全てにおいて大事ですね。
企業として取り組みを発信したら、アピール偏重にならず、真摯に取り組みを進めること。よくあるのは、企業がプライド月間に合わせてレインボーの商品などを出した場合。その売り上げを単に利益としてしまったら、それはマーケティングとしてLGBTQ+ を利用しただけで、課題解決ではなくなってしまいます。
例えば、キャンペーンの商品を作るなら当事者のデザイナーを起用するとか、売り上げの一部を当事者団体に寄付するとか、還元の仕方があると思います。発信する際の言葉の面でも、その言葉の使われ方や経緯をきちんと調べることが大切です。
「LGBTQ+という言葉がなくなるくらい当たり前」に、モヤモヤ
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――松岡さんが目指している世界の姿を教えてください。
松岡:一般社団法人fairが目指すのは、どんな性のあり方でもフェア(公正)に生きられる社会です。実は「公正」は、難しい言葉です。単に機会が平等にあるだけでは公正な社会とは言えないし、どういう状態なのか、自分でも模索しています。
少し逆説的になりますが、「LGBTQ+という言葉もなくなるぐらい当たり前になること」というコメントを見たりします。そう言いたい気持ちは、分かるのですがモヤモヤします。
LGBTQ+という言葉は、性的マイノリティが病気や罪だとレッテルを貼られ差別の被害を受けてきて、そんな中でも自分たちの存在を可視化して、平等な社会を作っていこうと取り組む、ある種の「チーム名」的なものと言えると思います。ときには失われていく命がありながら、みんなでこの言葉を用いて差別や偏見をなくすために闘ってきた。そういう経緯のある言葉なので、差別をなくすのではなく「その言葉がなくなるぐらい当たり前の社会」と“言葉”をなくそうとすることには違和感をもってしまいます。
まずは法律を整えること。そしてドラマや映画では、多様な性のあり方の人が理由を問われることもなく当たり前の存在として描かれてほしいし、会社内でもLGBTQ+の当事者だということをオープンにしてもしなくても、問題がないという状況になってほしい。そういう意味でフェアな社会になってほしいです。
一般社団法人fair 代表理事
松島 香織 (まつしま・かおり)
サステナブルブランド・ジャパン デスク 記者、編集担当。
アパレルメーカー(販売企画)、建設コンサルタント(河川事業)、自動車メーカー(CSR部署)、精密機器メーカー(IR/広報部署)等を経て、現職。