なぜ今、『統合思考経営』なのか?
~ESGを踏まえた長期にわたる価値創造のために~
第5回
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前回(4)は、「統合思考」の根底にあるサステナビリティにかかわる諸概念の位置関係を示しました。今回は、統合思考に直接関係する「ESG金融」について、直近の衝撃的な出来事の中から、世界最大の資産運用機関である米国ブラックロックの「サステナビリティ宣言」を取り上げます。
ブラックロックの「サステナビリティ宣言」
ブラックロックの運用規模は700兆円を超え、東証の時価総額約600兆円や日本のGDP約550兆円をも上回っています(いずれも概数)。注目すべきは、その規模の大きさだけでなく、CEOラリー・フィンク氏による、今年1月14日の「サステナビリティ宣言」です。つまり、運用受託機関として、今後は投資戦略の中心にサステナビリティを置く、という宣言です。
この宣言は、同氏の投資先企業のCEOへの年頭書簡「金融の根本的な見直し(A Fundamental Reshaping of Finance)」※1で明らかにされたものです。「サステナビリティは投資家にとって最重要課題」と明言する同氏は、気候危機を強く意識しつつ、次のように結論付けています。
● 気候リスクが資産の抜本的な再構築を促し、早晩、大規模な資本の再配分がおきるだろう。
● 気候変動は、もはや企業業績の長期見通しの決定要因の一つとなった。
● 企業は「パーパス」を重視し、ステークホルダー価値を考慮しなければ、長期利益を得ることはできない。
● 世界の若者の行動を見れば、いずれミレニアル世代が政府とビジネスの舵を取るようになった時、サステナビリティへの変革はさらに進むだろう。
(※1)https://www.blackrock.com/corporate/investor-relations/larry-fink-ceo-letter (英文)
https://www.blackrock.com/jp/individual/ja/larry-fink-ceo-letter (和文)
因みに、今年1月下旬に開催されたダボス会議のテーマは「資本主義の再定義」でしたが、この会議でも、その直前に公表された同氏のレターが話題になったそうです。この企業CEO宛のレターは長文ゆえ、ここで同氏の論点や主張を整理してみたいと思います(筆者の意訳)。
〔前文〕
⇒ブラックロックは老後資金(年金)などを預かる受託者として、機関投資家や個人投資家に対して、長期的に安定した資金を提供する重い責任を負っている。
⇒気候リスクに対する資本市場の意識は急速に変化している。気候変動は自然界だけでなく、世界の経済発展にどのような影響を及ぼすのであろうか、と自問し始めた。例えば、
・都市は気候リスクに対するインフラ整備・維持のための費用調達ができるのか?
・住宅ローン市場で、30年の長期にわたる気候リスクの影響をどう予測するのか?
・被災地に有効な火災・水害保険市場がない場合、どのようなことが起きるのか?
・異常気象によって新興国の生産性が低下した場合、経済成長をどう予測するのか?
・干ばつや洪水により食糧価格が上昇した場合、インフレや金利はどう変動するのか?
⇒投資家は、気候変動に伴う「物理リスク」は当然ながら、気候政策が商品のコストや価格、そして経済全体の需要に影響を及ぼす「移行リスク」を理解しようとしている。
〔気候リスクは投資リスク〕
⇒気候リスク対応を含むサステナビリティを統合した投資ポートフォリオ、すなわちESG投資によって、投資家に「リスク調整後のより良い投資リターン」を提供できる。
⇒低炭素経済への移行スピードを規定するのは各国政府の気候政策であり、気候変動はパリ協定に沿った政府間の国際協調なしには解決できない。
⇒エネルギー転換には数十年かかるため、政府だけでなく企業や投資家・株主も重大な役割を担う。ブラックロック自身はTCFD創設メンバーであり、UNPRI(国連責任投資原則)やカーボン・プライシングを提唱する「バチカン声明」にも署名している。
(注) 本レター直前の1月9日にブラックロックは、パリ協定の目標に合わせて、気候変動に取り組む機関投資家の世界的組織「クライメイト・アクション100+」に署名した(現在、450を超す機関投資家、日本はGPIFなど数団体)。同社の参加により、加盟機関の運用総額は4000兆円強に達した(世界の時価総額は約5000兆円)。
https://climateaction100.wordpress.com/investors/
〔株主への情報開示の改善〕→ステークホルダー配慮主義
⇒投資家は、企業がサステナビリティ(つまりESG課題)をどのように認識しマネージしているか、を把握する必要がある。これには気候変動だけでなく、従業員の多様性、サプライチェーンの人権、顧客データの保護、地域社会の発展など、ステークホルダーに対するコミットメントを含む。
⇒ブラックロックは投資先企業に対して、基礎情報としてSASBおよびTCFDに準拠した情報開示を要請する。特に、後者にはパリ協定の2℃目標シナリオに基づく運用計画を含む。
⇒企業が十分な情報開示をしない場合、あるいは事業慣行や実行計画に進捗がない場合、ブラックロックは「その企業は十分なリスク管理をしていない」と判断し、経営陣ないし担当取締役に対して反対票を投じる。
〔説明責任と透明性のある資本主義〕
⇒気候変動はこれまでの金融危機とはまったく違う。たとえ予想される影響のごく一部しか現実とならなくても、これははるかに構造的で長期的な危機である。
⇒もし、世界の投資家の10%が資本の戦略的な再配分を実行したならば、あるいは5%でさえも、私たちは大規模な資本のシフトを目撃することになろう。
⇒その結果、企業のサステナビリティに関する情報開示が、今後は資本を引き付ける重要な要因となる。それはサステナブルで包摂的な資本主義を実現する手段となるべきである。
ブラックロックのESG投資への『変心』
〔ブラックロックの新しい投資基準はサステナビリティ〕
実は、上述の企業CEOへのレターと同じ日に、ブラックロックは顧客である投資家にも「サステナビリティをブラックロックの投資の新たな基準に「Sustainability as BlackRock’s New Standard for Investing」※2と題するレターを送っています。
(※2)https://www.blackrock.com/corporate/investor-relations/blackrock-client-letter (英文)
https://www.blackrock.com/jp/individual/ja/blackrock-client-letter (和文)
このレターはかなり実務的ですが、「ブラックロックはESG投資でもグローバルリーダーになる」というコミットメントが感じられます。例えば、「ESGを考慮したポートフォリオが、投資家により良いリスク調整後リターンをもたらすと確信する。今後、ESGはリスク管理、ポートフォリオ構築、運用商品の設計、企業との対話の中心となる」と言い切っています。
他方、投資家については、次のような認識を示しています。すなわち、「ブラックロックの顧客の多くは、サステナビリティ(気候変動をはじめESG課題)が経済成長、資産価値、金融市場全体にどのような影響を与えるのか、について理解が次第に深まり、ESGリスクが投資ポートフォリオに及ぼす影響にも注目するようになってきた」。
このような状況認識のもと、この投資家宛のレターでは「サステナビリティがブラックロックの新しい投資基準」と宣言し、様々な方針や計画を公表しました。以下、例示です。
・火力発電用の石炭生産など、高いESGリスクを有する特定の業種からの投資撤退
・ESG ETF(上場投資信託)の倍増、化石燃料を選別する新しい投資商品の立ち上げ
・エネルギー転換やサーキュラー・エコノミーなどを促進するアクティブ運用戦略の拡充
・サステナビリティの可視化のために、ESGスコアやファンドのカーボン・フットプリントの公表
・最後に、自らの投資家スチュワードシップにおける透明性に対するコミットメント
〔ESG投資のための共通言語をめざして〕
このレターでは、さらに投資・運用の業界関係者に向けて、ESG投資の推進のための提言も行っています。つまり、「Towards a Common Language for Sustainable Investing」という標語で、すべての投資家が、比較可能で十分な情報に基づいてESG投資の判断を行えるように、業界共通の分類・名称ルールを確立しよう、という呼びかけです。
具体的には、投資における「サステナビリティ」という表現の曖昧さを排除するために、サステナビリィにかかわる投資を「スクリーン」「ESG」「インパクト」の三つに大きく分類することです(図表8)。これには投資商品の“サステナビリティ・ウオッシュ”を防止する狙いもありますが、むしろ留意すべきは企業の情報開示の枠組や評価とも関係づけていることです。それゆえ、企業もこの三大分類を意識した情報開示や報告を心がける必要がありそうです。
図表8:サステナビリティにかかわる投資の三大分類(ブラックロック提唱)
●スクリーン投資:特定のESGリスクを抱えた企業や業種の除外(ネガティブ・スクリーニング)
●ESG投資※3:ESGリスク対応に優れた企業を対象とする、「全般型」と「テーマ型」の二種 ●インパクト投資:財務的成果を伴う、計測可能な環境的・社会的ポジティブ・アウトカムに貢献 |
(資料)https://www.blackrock.com/corporate/literature/whitepaper/viewpoint-towards-a-common-language-for-sustainable-investing-january-2020.pd (11-12ページ)を基に筆者作成
(※3)本コラムでは「Sustainable Investment/Investing」を包括的に「ESG投資」と表現していますが、ここでは狭義の意味で使っています。
ブラックロックは本気か?
〔パッシブ運用でサステナビリティをどう実現するのか〕
「投資において、よりサステナブルであること」――。このことはもはや政治的・倫理的な選択ではなく、ビジネス上の最も賢明な意思決定である、とブラックロックは明確に述べています。したがって、自社の投資ポートフォリオをどのように変えるべきか、自問自答しています。
その中で、市場平均を上回る成績を積極的に狙うアクティブ運用を拡充することを明言していますが、それはそう簡単ではないかもしれません。なぜかと言えば、現状ではブラックロックは運用資産の7割近くが、「iシェアーズ」と呼ばれる上場投資信託(ETF)を中心とするインデックス連動型のパッシブ運用だからです。
一般にパッシブ運用では、評価格付機関が決定する投資インデックスに、どの企業が組み込まれるかによって運用成績が左右されますが、そこにESG評価の低い企業が組み込まれていても、一定期間は投資を続けざるを得ません。そこで、レターの中でブラックロックは評価格付機関を含めたエコシステム(投資運用業界)の主要プレーヤーに、サステナビリティの導入を訴えています。
(注) 2019年9月、「ネットゼロ・アセット・オーナーズ・アライアンス」というイニシアチブが国連主導のもと設立されました。これは、アセット・オーナー(資産保有者)などの機関投資家が、2050年までにCO2排出量を実質ゼロにするシナリオと整合性のある投資ポートフォリオの実現にコミットする運動です。カルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)など年金基金や独アリアンツや仏アクサなど保険会社を含む12機関投資家が参加しています。そこでは、気候変動問題について、パッシブ運用の機関投資家も更なる責任を担うべく促しています。
https://www.unepfi.org/net-zero-alliance/
しかし一方で、ブラックロックはこれまで環境NPOなどから、「グリーン・ウオッシュ(上辺だけの環境配慮姿勢)」あるいは「言行不一致(気候変動問題に対する企業への働きかけが甘い)」と批判されてきたのも事実です。このことが、今回の『変心』に少なからず影響を与えたのではないかとも考えられます。
〔ブラックロックに対する評価は今後の行動次第〕
それでは、ブラックロックの『変心』は本物でしょうか。形式上は前述の「クライメイト・アクション100+」に署名したことで軌道修正したようにも見えますが、本当の評価は今後の行動にかかっています。
例えば、投資先企業の株主総会での投票行動は一つの試金石です。なぜかと言うと、特にパッシブ運用ではESG評価が低い企業でも投資を続けることになるため、当該企業に対して議決権を行使することで積極的に改善を促すことができるからです。もちろん、議決権行使が全てではなく、そこに至る企業との対話(エンゲージメント)も欠かせません。いずれにせよ、その結果は今年8月公表の資料で明らかになると思います。
資産運用の世界最大手ブラックロックが本当にサステナビリティに舵を切ったとすれば、業界全体が動く可能性があります。現に米国の同業大手に変化の兆しもあり、欧州勢が先行したESG投資に運用規模で圧倒する米国勢が本格参入することになれば、その影響は非常に大きなものとなります。
一代で世界最大の運用機関を創り上げ、投資の世界で百戦錬磨と評されるラリー・フィンク氏の「変心」は本当なのでしょうか。確かに、これまでブラックロックに対しては冷ややかな見方もありましたが、筆者はその「変心」に期待したいと思います。
(注) ブラックロックの『変心』については、ロイターやブルームバークが論評しています。
https://jp.rEUters.com/article/breakingviews-blackrock-idJPKBN1Z90LI
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-01-14/Q43OWNDWX2PT01
〔後日談〕
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の中で、ESG投資家は企業の従業員待遇に目を光らせており、ブラックロックも「気候変動問題と同様に、従業員の扱いにも経営陣が責任を持つように圧力をかける」との姿勢を示した、とのことです。(英紙フィナンシャル・タイムズのニューズレター「MORAL MONEY」3月18日号、2020年3月20日付日本経済新聞朝刊より)
次回(6)は、今後のESG金融に深くかかわると考えられる「EUタクソノミー」について解説します。

川村 雅彦(かわむら・まさひこ)
株式会社Sinc 統合思考研究所 所長 首席研究員
元ニッセイ基礎研究所上席研究員・ESG研究室長。1976年、大学院工学研究科(修士課程:土木専攻)修了。同年、三井海洋開発株式会社入社。中東・東南アジアにて海底石油プラントエンジニアリングのプロジェクト・マネジメントに従事。1988年、株式会社ニッセイ基礎研究所入社。専門は環境経営、CSR/ESG経営、環境ビジネス、統合思考・報告、気候変動適応、シナリオプランニングなど。論文・講演・第三者意見など多数。著書は『カーボン・ディスクロージャー』『統合報告の新潮流』『CSR経営パーフェクトガイド』『統合思考とESG投資』『サステナビリテイ・トランスフォーメーションと経営構造改革』など 外部委員等 株式会社ニッセイ基礎研究所 客員研究員 特定NPO法人環境経営学会 元副会長 一般社団法人経営倫理実践研究センター(BERC) フェロー NPO法人Network for Sustainability Communication(NSC) 幹事 大坂成蹊大学国際観光学部客員教授 など (2024年4月現在)