![]() 山岡仁美 SB 2020 横浜プロデューサー(左)と大川印刷の大川哲郎社長
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創業以来100年以上の歴史を持ち、近年では先駆的なサステナビリティへの取り組みを進める大川印刷(神奈川・横浜)。「義を先に、利を後にする者は栄える」という経営姿勢は創業時から見られ、地に足のついた同社の取り組みには「本業を通じた社会課題解決こそ王道」という大きな基盤がある。2020年に注視すべきは「パートナーシップ」と「SDGsウォッシュの深刻化」だと話すのは大川哲郎社長。いま同社が捉える着眼点と時代を見据えた変革の手応えを聞いた。
横浜に根ざし、経済や文化を循環させている企業・団体の活動を山岡仁美 SB 2020 横浜プロデューサーがクローズアップ。第6回(最終回)は大川印刷 大川哲郎代表取締役社長との対談。
山岡:大川印刷がSDGs達成に取り組む意図や使命、どういったスタンスでお取り組みを推進しているかを改めてお話しいただけますか。
大川:1990年代の後半ごろ、時代と社会の変化によって非常に経営が厳しい状態だった時期があります。その中で新たな事業を創出していくためにはどうしたらいいのか、自社の持続可能な経営を考えたときに、環境経営がマストであろうと結論を出し、その方向にシフトしました。ソーシャルプリンティングカンパニー(社会的印刷会社)という考え方を打ち出したのは2004年です。「本業を通じた社会課題解決こそがCSRの王道である」というスタンスで取り組みを推進したんです。
山岡:たとえばゼロカーボンプリントなどは先駆けですし、まさに環境印刷という言葉通りですね。
大川:新しいチャレンジだと昨年、大川印刷は再生可能エネルギー100%の印刷工場になりました。その皮切りとなったのが初期投資無料の太陽光パネルの設置で、工場全体の20%の電力を独自の太陽光パネルで自家発電しています。残りの80%には青森県横浜町の風力発電による電力を使っています
SDGsで生きる企業文化
山岡:2015年に登場したSDGsによってどんな転機が訪れましたか。
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大川:今までやってきたことがSDGsの出現によって整理されて、取り組みやすくなったと感じています。もともと私どもは、人類や社会が普遍的に望む「幸せ」を追求する、あるいは創出していく経営が必要という経営方針を持っています。きれいごとじゃないか、とよく言われますが、そのきれいごとを、大手を振って言えるようになりました。
山岡:なるほど。根っこに企業文化があるからこそということですね。
大川:そうですね。創業から10年目、1891年の横浜貿易新聞に「徒ラニ價格ノミノ競争ヲセザルハ大川印刷(いたずらに価格のみの競争をせざるは大川印刷)」という広告を出しています。私は荀子の「先義後利」という言葉が好きなんです。「義を先に、利を後にする者は栄える」という考え方です。
価格のみではなくお客様や社会を考えた取り組みで競わなければいけない。大川印刷には、そんな企業文化があります。もっと平易な言葉で言えば「困っている人がいたら手を差し伸べ、声を掛けることができる人になりましょう」ということですね。今も従業員の皆さんに話していることです。
印刷会社が取り組む人権問題――「ありとあらゆるものが、つながっている」
山岡:エネルギーはもちろん、昨今では人権問題などにも積極的に取り組んでいるとお聞きしています。
大川:ESGの中でもとくにE(環境)とS(社会)、もっと具体的にいうと「気候危機の問題」と、「人権に対する取り組み」が非常に重要度を増しているのが現状だと思います。大川印刷もいま、国内のアンフェア・トレードをなくそうということを発信しているところです。
フェアトレードというとコーヒー豆やカカオ、コットンを連想する方が多いと思いますが、国内でもアンフェア・トレードが存在するのは間違いないと考えています。
たとえば原材料が高騰する中で、売値自体の値上げを認めていただかなければ、利益が少なくなっていきます。そうすると当然、従業員さんのお給料を上げることができない。お客様や社会の要請・要望のために無理をしてでも働かなければいけないという状況になってしまいます。残業や休日出勤の問題も含めて、経営自体を圧迫することになると同時に、従業員さんの立場でもそれが正しい働き方改革に結びつかない。
ありとあらゆるものが、つながっているわけです。そう考えれば国内におけるアンフェア・トレードに着目して、SDGsの時代にあってクライアントに対してもお互いにパートナーシップを発揮して、あるべき姿を話し合い、ビジネスを決めるという時代になるのではないかな、と思っています。
連携が生み出す全体的な課題解決
もうひとつ、パートナー企業(協力企業)の人たちと気候危機に関するセミナーを開きました。私どもの事業活動に関連する材料メーカーやインク屋さん、製本会社さんなどに集まっていただき、今現在の気候危機の問題に関してアル・ゴア元米国副大統領の資料を使って現状を把握していただいたんです。われわれはその状況に対応する、あるいは変革を生み出すために、ゼロカーボンプリントを始めているという説明をさせていただきました。
私どものゼロカーボンプリントは、いわゆるサプライチェーン全体の中ではスコープ1、スコープ2までです。スコープ3は、まさにパートナー企業や外部委託をしている工程で使用する電力です。材料としての紙、インキを製造する際に発生するCO2などですね。このCO2排出量を2030年までにゼロにしようという目標を既に掲げていました。
これはムーンショットなので、まだ実現可能かはわかりませんけれど、やってみようということをまず発信したわけです。そうすると今度は省エネのために働く時間を短縮する必要がでてきます。つまりCO2削減の取り組みがパートナー企業にも浸透することによって、働き方改革もパートナー企業の中で推進することができるのではないか。そうすれば全体がもっとよくなるのではないか、と考えています。
「企業のサステナビリティ」今年、注視すべきトピックは
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大川:各企業がSDGsを推進されていくにあたって、今年もっとも注意すべき点の一つが、パートナーシップだと思います。パートナーシップの考え方がきちんとできてないと、自分だけが独り勝ちをするSDGsを求めてしまいます。
山岡:そもそも「独り勝ち」がSDGsの理念と離れていますね。
大川:そうです。ひとりが勝つということは、誰かが負けて取り残されるということです。そう考えると、いまとても忙しい、という気持ちも分かるんだけれども、やっぱりお問い合わせをくださる方に心から感謝して対応しなければいけないということです。それが新たなパートナーシップであると捉えることが大事です。
山岡:従業員の皆さんも、それがむしろ一つのチャンスと捉る必要があるということですね。
大川:はい。従業員さんの理解が必要になります。その点では、われわれ中小企業にはむしろ優位な点があるのかもしれません。全従業員さんで理解しながら一緒に進めるのが一番いいと思っています。
そしてもうひとつ、本質的な問題として、弊害やトラブルにつながるかもしれないという警鐘を鳴らすとすれば、自覚的、確信犯的なSDGsウォッシュが出てくるような気がしています。言葉が強いですが「SDGs詐欺」と呼べてしまうような――。
特に自分も注意しなくてはいけないと思いますが、SDGsに取り組んでいるとか、課題解決に一生懸命やっている姿は本当であれば美しいんですが、装うことができますよね。そういうことにならないよう自社も気をつけなくてはと思っています。
具体的な対策としては、弁護士と契約して社内外通報制度を取り入れています。総務などの社内の窓口を通じてではなく、従業員さんが弁護士に直接相談できるようになっています。それを従業員さんにはもちろん、パートナー企業さんにも説明をしていて、例えば「大川印刷にこういう値引きをされた」とか、対応がおかしい、ということがあれば通報していただくようになっています。
従業員にも浸透する「つながりの思考」
![]() 大川印刷社内の掲示物
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山岡:従業員の皆様同士でのさまざまなワークやイベントも仕掛けてらっしゃいますよね。
大川:なかなか面白いなと思っているのが、ノーカーデーです。工場では自動車通勤が多いので、飲み会ができないんです。だからまずはノーカーデーを作りましょう、と。そうすると飲み会ができるわけですが、そこでその日1日で削減できるCO2の量を発表するんです。なおかつ、通勤途中の写真をインスタに投稿してフォトコンテストを開催します。次回は社外の人も一緒にやったほうがいいんじゃないか、という話を従業員さんがしていましたね。
山岡:自発的にアイデアが出てくるわけですね。楽しんで取り組んでらっしゃいます。ひとつのテーマからさまざまなものをアイデアでつなげ、ステークホルダーや関係者の方をつなぐといった「つながりの思考」が従業員さんの中で作り上げられているようです。
大川:従業員さんが理解していないと企画は立てられないし推進もできないです。一方で、やっぱり人数に限りがあるので、新しい企画が立つと業務は増えます。製造業としては納期に間に合わせることも必要で、かつ残業自体は減らしていかなければいけないという状況ですので、そこも含めてすべてがつながっていると考えています。
若い世代につなげる変革の手応え
山岡:社会が変革していくという手応えは感じられていますか。
大川:まさに今が変革するそのときで、チャンスなんじゃないかなと思っています。SDGsによって社会や環境の課題の捉え方が、ある意味潮目を迎えたような気がしています。そしてオーストラリアの大規模な森林火災などのように、ありとあらゆるものに対して「やっぱり普通じゃないのかもしれない」と人類がやっと気づき始めたところだと思います。
変わっている手応えもあるし「変える」という感覚が必要なのかな。だって、ずいぶん時間かかりましたけどもサステナビリティの話なんて2000年代は聞いてもらえなかったんですよ。変わってきている、その実感はありますよね。
山岡:うん。変えていきましょう。
大川:特に一昨年あたりから思うのは、若者の応援、若者に対する支援をもっと大人が本気で考えるべきだということです。自分も頑張るけど、若者たちが何かを変えようとしていることに対してどうやって応援してあげたらいいか、どういう応援のし方があるのか。そこが大事なのかなあと。
山岡:若い力をのびのびと発揮してもらうようにしたいですね。そうしないといけないと思います。ぜひ、たくさん場を作りたいですね。
沖本 啓一(おきもと・けいいち)
フリーランス記者。2017年頃から持続可能性をテーマに各所で執筆。好きな食べ物は鯖の味噌煮。