住友林業 執行役員 サステナビリティ推進部長
サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー
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創業以来永きにわたって森林経営を担ってきた住友林業。そのルーツは愛媛県の別子銅山にある。1691年の住友家による別子銅山開坑後、一時は過度な伐採と煙害によって森林は荒廃し、事業としても危機的な状況に直面した。その反省にたち、1894年から「大造林計画」を推進し、試行錯誤をしながら大規模な植林を施し豊かな森林を取り戻した。同社にとっては、持続可能な森林経営こそ事業活動そのものであり、「ネイチャーポジティブ」がサステナビリティ推進のキーワードとなるなか、森林の価値を新たなビジネスに結び付けようと模索している。「謙虚に真摯(しんし)に森林と向き合いたい」と話す同社の執行役員 サステナビリティ推進部長の飯塚優子氏に話を聞いた。
足立直樹 サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー(以下、足立):
森林経営を事業の一翼とする御社は、サステナビリティ経営を推進され、森林への取り組みに関して日本の最先端を走っていらっしゃいますね。
飯塚優子 執行役員 サステナビリティ推進部長(以下、飯塚):
何百年も続く森林経営を軸とした事業を営み、「浮利を追わないこと」が弊社の事業精神ですが、昨今いろいろなことが、ものすごいスピードで動いていて、慎重なだけでは世界の動きについていくのが難しくなりました。光吉敏郎社長の「サステナビリティに向けて先んじて手を打つ」という、その空気感は社内に伝わっていると思います。
足立:サステナビリティに向けて、担当役員として次々と新しいことを推進しているかと思います。社内の変化にどのような期待をされていますか。また情報収集などに工夫をされていることがあれば教えてください。
飯塚:日々是精進ですが、社内報や研修、個別のミーティングを通じて発信した情報をヒントに社員が自らアイデアを出して進めてくれるのがいちばんですね。それから、海外の状況をオンタイムで得るため、2020年の1月にWBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)に正式加盟しました。弊社は海外ではインドネシアとパプアニューギニア、ニュージーランドの森林を保有・管理していますが、WBCSDから情報を得るだけではなく、日本やアジアの林業に特有の事情があれば、それを伝えるようにしています。
足立:2022年末に開催された生物多様性条約(CBD)第15回締約国会議(COP15)では、自然をもう一度増やしていこうという「ネイチャーポジティブ」が実質的に世界の目標になりました。御社はネイチャーポジティブに対してどういった貢献ができると考えていますか。
飯塚:当時の別子支配人、伊庭貞剛は、明治期に荒廃してしまった森を元に戻すという大造林計画を樹立し、大規模な植林を行った結果、山々に豊かな緑を回復させました。そこから弊社は民間企業初となる「森林経営計画」に沿って、管理や伐採をし、その中で収益を得てきています。それが「ネイチャーポジティブ」な状況と言えるのかは、まだ社内でもその議論が十分には進んでいません。
実は、愛媛県新居浜市にある社有林の一部を環境省の自然共生サイト※に登録する手続きをしています。ツガザクラの群生があり、地元の方たちと一緒に保全活動などをしています。また2022年12月に、インドネシアでマングローブ林を保有・管理する会社を買収、9738ヘクタールを取得し、「保全」をゴールに再植林が必要なところは植林をしながらネイチャーポジティブを目指しています。マングローブ林は、水中の根や土壌に大量の炭素を取り込むので、それをどうやって計測し、どのようにプラス要素として見せていくか知恵を絞っているところです。
※国が認定している「民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域」
足立:確かに、マングローブの場合には土壌だけでなく水とのやりとりもありますから、測定方法等、悩むところですね。マングローブ林を増やしたのは、ネイチャーポジティブがきっかけですか。
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飯塚:そうですね。気候変動の観点から、企業がマングローブ林の炭素吸収量を正確に測量できれば、カーボンクレジットとして取引されるようになります。実際弊社は2023年6月に、日本企業9社と600億円規模の森林ファンドを組成しました。北米の森林が主な対象になりますが、CO2吸収や生物多様性の維持、水資源の保全などに貢献できると思います。
足立:御社はツガザクラやマングローブなど、今までの植林とは違うフェーズ、違うテーマに注目されるようになってきたのかなと思います。土壌に関しては、私も今後大きな価値になるだろうと考えています。
飯塚:土壌に関しては、GHGプロトコルの算定対象に土地利用分を新たに追加する改訂が進められていますが、そこでは土壌に関しても「排出」と「除去」の両方を報告することになっています。弊社は泥炭地にどのくらいの炭素が固定されているか試算していますが、指標となるグローバルなデータがありません。
価値を正確に証明するためには、かなりの手間暇がかかります。炭素吸収量が科学的に正確であることは重要ですが、企業報告制度が単年度会計であることを考えると、それに即した使い勝手が良いものがあればいちばんです。吸収源としてポテンシャルがある分、研究、ガイドライン制定も早く進めていかなくてはなりません。
60年後の木材供給を考え、サーキュラーバイオエコノミーを目指す
足立:ネイチャーポジティブ経済にしようとすると、これまでの林業だけではなく、森林の機能をマネタイズする別の仕組みや柱が出てくる必要があると思うのですが、何か考えていらっしゃいますか。
飯塚:光吉社長のいちばん重要なメッセージが、「WOOD CYCLE」です。私たちは森林や木を軸とした弊社事業のバリューチェーンである「WOOD CYCLE」を見て、それぞれ自分の事業がどこに位置しているものなのか考えなくてはいけません。
例えばツガザクラの保全は利潤追求ではなく、社会的責任としてやってきたものですが、「WOOD CYCLE」という視点を持つことで、これをどうやって炭素やネイチャーポジティブな取り組みに結びつけるか、考えられるような仕組みになっています。
60年という長い期間をかけて育てる商品(木材)を世の中に提供している弊社ですが、これからはいかに新規の自然資源を投入せずに、今ある資源を有効に活用し循環させることでビジネスモデルを構築していくのか。建築資材を提供し「60年後にその木材をどうするのか」ということを含めた、サーキュラーバイオエコノミーを考えなくてはいけないタイミングに来ています。
まずは上流の原材料調達で自然資本を損なわず、きちんとネイチャーポジティブにするような考え方をし、炭素の観点から、なるべく木を燃やさずに長く固定したまま長寿命の建築資材として使い続けるということが重要です。それが最終的に解体するときになったら、どのように解体して、いかに再利用できるかを含めて、サーキュラーバイオエコノミーの在り方を検討しています。
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足立:「WOOD CYCLE」の取り組みは、単に循環のサイクルを回すということではなく、その循環の長さをなるべく長くしていくということまで含むのですね。それを実際にどのように推進されていますか。
飯塚:弊社では国産材の製造の競争力を強化し、自給率を高めるために「木材コンビナート」の設立という包括的なアプローチで進めています。林野庁が2025年までに国産材自給率を50%にする目標をたて、岸田政権では花粉症対策のため、スギ材を積極的に切り、無花粉のスギに植え替えることに期待が寄せられています。これらが資材として出てくれば、市場にとっても刺激になるでしょう。
「過疎・高齢化に直面した林業」ではなく、木材や森林資源の価値をもっと打ち出していかなくてはいけません。それには、今までとは全く違う発想やビジネスパートナーも必要になってきます。
森林は持続可能な資源だと思われていますが、実際には国内の森は3~4割しか再造林されていないそうです。つまり、今、新しく植えていかないと、50年後に使う木がないわけです。しかし輸入材に押される時代に、材価低迷に伴い主伐・再造林が下火になり、苗木生産者が減少してしまいました。いざ伐採しても、植えるときに苗木がないという状況です。弊社では、100%再造林するだけではなく、優良樹からコンテナ苗を作っています。社有林で使用するだけでなく、販売用としても対応しています。
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足立:苗木も販売しグループ会社と連携して再造林している。そういう意味では、ネイチャーポジティブにしていくための環境作りをしているということですね。
飯塚:森林にまつわる自然資本の価値がもう少し明確になれば、「木材をうまく作るためのいい林業」だけではなく、土砂災害防止や生物多様性保全に寄与する方法など、「木材第一」に留まらない多様な価値の追求があると思います。私たちがそれを具体的に数値化し、ネイチャーポジティブの価値として認められるようになれば、ビジネスとしての可能性が広がります。
足立:価値を数値化し見えるようにしない限りは、ネイチャーポジティブにしてもマネタイズができないですからね。それに関して何か良い方法、アイデアはありますか。
飯塚:「鶏が先か、卵が先か」ではありませんが、価値になりそうだから数値化するという発想以外に、価値を明確に定義して森林を管理しないと長期的な事業にダメージが出てくる。つまり自然への「依存と影響」の側面があります。
自然資源に依存している会社からすれば、例えば、木がなければ売るものもなく、家も建てられない。それがビジネスになるかどうかよりも、自分たちが当たり前にあると思っていた資源が使えなくなってくるなら、何とかしなくてはいけない。その前提があって、自然の価値がどれだけあるのかを把握して整理しているというところです。
気候変動と自然資本は、「コインの表裏一体」だと考えています。森林という自然資本の分野にいる私たちの責任は大きいですし、チャンスもあります。ただ、2030年までのトランジション(移行)を考えたときにスピード感を持って実行しなくてはいけません。
社員が動くことで多くの人にメッセージが伝わる
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足立:長期ビジョン「Mission TREEING 2030」達成に向けた、中期経営計画「Mission TREEING 2030 Phase1」が2024年で一旦終わります。これまでで進んでいない部分などありますか。
飯塚:もともと電力の再エネ化は、2年目まで準備の年に当てていましたが、想定した通りには進んでいないです。もっと積極的に進める予定ですが、社内での理解や本気度は増しているので、活発に議論しています。
脱炭素に関しては、「WOOD CYCLE」の考え方をもとに、社員が腹落ちして動き始めてきたら、次は自然資本の側面をもっと強く出せるような、サステナビリティの目標を作っていく予定です。
足立:ところでTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が話題になっていますが、御社では対応を考えていますか。またTNFDに対応することで、今後のビジネスに与える影響はあると思いますか。
飯塚:TNFD は2024年度分から実施して、アーリーアダプターになりました。厳密に2024年度からできるのか多少不安な部分もありますが、「パッケージ・オブ・ディスクロージャー」ということなので、財務情報・非財務情報の開示時期には幅があっていいようですし。
足立:御社にとっては、森林の価値を世の中に伝えるのが一番のポイントかと思います。これからそれをどう打ち出していくのか期待していますし、バリューチェーン全体がハッピーになるような、そういうサーキュラーバイオエコノミーを作ってくださることを期待しています。
飯塚:私は、森林について「まだわかってないことがたくさんある」という謙虚さを忘れずにいたいと思います。特に何か一つに向かって突き進んでいくと、どこかで必ずトレードオフが出かねません。謙虚にかつ真摯に、サステナビリティに向けた推進をしていくつもりです。
文:松島 香織 撮影:原 啓之
対談を終えて(足立直樹)
自ら木を育て、その木を使って建物を作るという住友林業の事業は、まさにサステナブルなビジネスモデルです。しかし実際は簡単な話ではなく、木を育てるコストと木材の価格、さらには建築のコストが釣り合わないという問題があり、これが長らく日本の林業を苦しめてきました。ネイチャーポジティブが新たな世界目標となり、私たちはいま一度、木材に代表されるような自然資源に基づいたビジネスを構築する必要があります。しかし、ネイチャーポジティブ経済を発展させる上でも、やはり問題はコストであり、森林を育てる中で別の収入源を作り出すことが必須の条件となるでしょう。
住友林業もまさにその“産みの苦しみ”の真っ只中にいるのだということが、インタビューを通じて強く感じたことです。けれども、これまで国内外での林業やサステナビリティの取り組みで培った知見をもとに、必ずやネイチャーポジティブ経済にフィットした新たなビジネスを作り出す企業になるものと期待しています。
そして、「謙虚さを忘れずに」という飯塚さんの言葉には、私も強く同意します。それは人として正しい姿勢であるだけでなく、私たちが森や自然をよく観察し学ぶことで、きっとそこから新しいヒントが見つかると思うからです。何しろ森林は私たちよりもはるかに長い時間を生き抜いてきた生態系(エコシステム)なのです。そこには持続可能なシステムになるためのヒントが必ずあるはずです。森林と住友林業の両者の可能性に期待しています。