
ウクライナやパレスチナに見られるように、世界では争いが絶えず続き、子どもを含む多くの命が失われている。折しも今年、日本が被爆・終戦から80年の節目を迎える中、「サステナブル・ブランド国際会議2025東京・丸の内」のプレナリーでは、「80Actions:平和のためにできる80のこと」をテーマにパネルディスカッションを実施。元戦争孤児、企業経営者、被爆3世というさまざまな背景を持つ3氏が登壇し、戦争を繰り返させないために企業や個人にできることは何か、と問いかけた。
Day2 プレナリー ファシリテーター 山岡仁美・SB国際会議 D&Iプロデューサー パネリスト 井上高志・LIFULL 代表取締役会長/NPO法人PEACE DAY 代表理事 サヘル・ローズ・俳優/タレント 中村涼香・NPO法人BORDERLESS FOUNDATION 理事 |
冒頭、ファシリテーターの山岡仁美氏は「社会が平和であることは、全ての社会課題解決の下地と考えることができるのではないか」と指摘した。サステナブル・ブランド国際会議で多彩なセッションが展開されていることを念頭に「例えばウクライナやガザで、脱炭素について考えることができるでしょうか」と提起。「戦う、武器を持つ、こういったことは放棄して、対話を重ね、共創を探ることが非常に重要だ」と続け、被爆国である日本の責任にも触れながら議論を促した。
平和は「当たり前」ではない

俳優でタレントのサヘル・ローズ氏は、イラン・イラク戦争下のイランで生まれた。空襲で家族を失い、4歳から7歳までを孤児院で過ごした経験を持つ。花火の音が爆弾の音に聞こえてしまう、遊園地での歓声が(戦争で)人々が逃げ惑う音に聞こえる――。サヘル氏は今もさまざまな場面で戦争の記憶がフラッシュバックする様子を振り返り、幼い頃に経験した戦争が残したトラウマや、深い孤独について語った。
8歳から養母の元で育ったサヘル氏は、養母の「当たり前という概念を捨てて生きてほしい」との教えを大切にしていると言う。自身の戦争体験を踏まえ、平和がいかに「当たり前ではない」か、とその尊さを強調。アフガニスタンやイエメンなど、世界で続く紛争や差別に触れながら「戦争を始めているのは人間。であれば、平和をつくり出すのも私たち人間にできる」と力を込め、「日本にしかできないアクションがある。『無関心』というスイッチを『関心』というスイッチに置き換えてほしい」と訴えた。
産業界も平和に積極的関与を

次に登壇したLIFULL代表取締役会長の井上高志氏は、経営者や企業の立場から、平和にどのように関わるべきかを語った。社名のLIFULLは造語で、「世界中のあらゆる『LIFE』(人生と生活)を、安心と喜びで『FULL』にする(満たしていく)」ことを目標としている会社だ。そのスコープには「世界平和」も入っており、井上氏は貧困や抑圧、差別など間接的暴力も存在しない「積極的平和」の実現を目指す、特定非営利活動法人PEACE DAYの代表理事も務めている。
社会課題を解決する事業を多く展開する井上氏は、SDGsと比較する形で、平和について「企業協賛が非常に得づらいテーマ」と言及。一方で「平和は全ての人のウェルビーイングの土台」と述べ、「平和活動」を社会関係資本のひとつとして位置付けた。その上で産業界に向けて、戦争で「サプライチェーンが壊れると損失がばく大になる。経済発展という意味でも予防的措置が非常に重要」と力説。産業界に対し「人ごとではない」として、平和活動への積極的関与を求めた。
アクションは各自がつくるもの

続けてNPO法人BORDERLESS FOUNDATION理事の中村涼香氏が登壇した。長崎県出身の中村氏は被爆3世で、昨年のサステナブル・ブランド国際会議では「核兵器のない世界をデザインする」とのタイトルで基調講演した。高校時代から核兵器廃絶を求める平和活動に参加している中村氏は、被爆者は世界中に存在するにも関わらず、「被爆を考える場所が広島・長崎に限られている」ことの偏りを指摘。現在進行形の問題でもある「被爆」について、広島・長崎以外の場所で考えてもらう企画「80actions」の開催準備を進めている。
戦後80年を迎え、平和を訴えてきた被爆者の高齢化が一層進んでいる。中村氏は当事者以外がどのように平和活動を担っていくかが問われているとし、「考えるだけではもう遅い。行動を起こす時だ」と強調。では、どのようなアクションを起こせば良いのか――。中村氏は「アクションはそれぞれがクリエイトしていくもの」とした上で、「問いが投げかけられると、人はつい考える」と自説を述べた。そして、「あなたなら何をしますか」という問いを街頭や各所に散りばめる企画が「80actions」だと説明。最後に中村氏は、会場の参加者にも「この時代、このタイミングで、皆さんだったら何をしますか」と問いを投げかけ、それぞれが平和について何ができるのか、思考を促した。
3氏の報告を終え、最後にファシリテーターの山岡氏はサヘル氏に再びマイクを向けた。サヘル氏は「平和を取り上げたらどう見られるだろうか」と外部の目を気にする企業関係者に対し、「世の中みんな(平和に)関心がある。まずはやってみること」と力説。続けて「コロナ以降、社会では分断が目立ってしまった。共存する社会へ向けて、皆さんのアクションによる化学反応を見させていただきたい」と訴え、企業や個人それぞれが平和のためのアクションを起こすよう呼びかけた。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。