
世界はさまざまな問題にあふれており、私たちはついネガティブな情報に目を向けがちになる。しかし、より良い未来を実現するためには、課題に注目するばかりではなく、目指す未来を具体的に思い描いていくことが大切だ。「未来にふさわしい(Future-Fit)」経営をするために役立つツールを提供する、英国の非営利団体のCEOが「サステナブル・ブランド国際会議2025東京・丸の内」のプレナリーに登壇し、未来志向の重要性を語った。
Day2 プレナリー マーティン・リッチ・Future-Fit Foundation(フューチャーフィット財団)共同創設者兼CEO |
「こんにちは」と日本語で挨拶し、にこやかに登場したマーティン・リッチ氏は、直前に登壇した銅冶勇人・NPO法人CLOUDY代表理事の「社会課題の解決に向けて、変わらなければいけないのは私たち」という言葉に呼応し「では、どう変わればよいのでしょう。私たちはどこに向かっているのでしょう」と問いかけた。
2070年からの手紙
リッチ氏自身、「2070年の世界はどうなっているか」と問われた際に、学術的な答えや科学的な答えは持っていたものの、具体的な未来像(ビジョン)を描けていないことに気付いたという。そこで試みたのが「2070年の自分から今の自分への手紙」を書くことだった。2070年の世界がどうなっているのか、未来の自分が現在の自分に説明する手紙だ。

スクリーンには、リッチ氏が描くポジティブな未来のイメージが次々と映し出された。化石燃料を排して1.5度目標を達成し、再生可能な社会が実現したことを祝う人々の姿。ドローンを活用した便利な交通システム。多様な生物と共存する、緑にあふれた都市。食べ物は精密発酵によって自由自在に作られている。拡張現実(AR)、仮想現実(VR)技術が発展し、離れた場所でも、そこにいるのと変わらない交流や体験ができる――。リッチ氏はこれらの未来像を、夢を語る少年のように語った。
「目的地が分からなければ、どうしてわくわくしながらそこに向かうことができるでしょう。そこに向かって努力すべきだと、どうして他の人を納得させることができるでしょう」とリッチ氏は言う。「今起こっている悪いことや課題の話ばかりではいけません。話を変えましょう。ポジティブな未来を描けば、どうしたらそこに到達できるか、何が必要かを話し合うことができます。どんな準備をし、人々をどう巻き込むかを考えませんか?」
「共有価値」の先にある「システム価値」とは
さらにリッチ氏は、ビジネスに関わる人であれば「未来において、自分の役割は何か」と考えるべきであり、今までとは違うものを目指す必要があると主張する。ここで、追求する価値の異なる3つのモデルが示された。1つ目は、経済的な利益を第一に目指す、従来型の「株主価値(Shareholder Value)」モデル。この考え方では、悪影響やコストを環境や社会に肩代わりさせるため、悪い方向に進むだけだという。
ここから一歩進んだ考え方が、2つ目の「共有価値(Shared Value)」で、「企業がどの部分で環境や社会に対して良い影響を与えられるか」という考え方だ。このモデルでは企業が部分的には良い影響をもたらすことがある一方で、悪影響を相殺しているだけという面もある。3つ目は、フューチャーフィット財団が提唱する「システム価値(System Value)」で、「企業が繁栄するのは、社会が繁栄しているからであり、社会が繁栄するのは地球が繁栄しているから」という考え方だ。
フューチャーフィット財団では、企業がこの段階に到達するために必要なフレームワークをウェブサイトで公開している。現在は英語版のみだが、AIを活用して日本語版を作成し、今後数カ月の間に公開する予定だという。

続いてスクリーンには、シーソーのような図が映し出された。「企業や都市や個人の影響力を使って、どのように現状の社会を目指すべき社会まで持ち上げるか」を考える図だ。リッチ氏は「まず考えなければならないのは、企業が引き起こす害をゼロにすること」だと言う。フューチャーフィット財団では、これを「損益分岐ゴール(Future-Fit Break-Even Goals)」と設定する。つまり、最低限のラインだ。
その先に「ポジティブの探求(Future-Fit Positive Pursuits)」がある。製品やサービスを通じて、環境や社会に良い影響を与える段階だ。さらに次の段階は「ポジティブの追求のドライバー(Positive Pursuit Drivers)」であり、悪影響の根本原因にアプローチすることによって、社会や地球のシステム全体に影響をもたらす活動を指す。
アジアでも広がる未来志向
フューチャーフィット財団のフレームワークは、世界で1500の個人、企業、コンサルタントに活用されているという。アジアでも、「アジア太平洋地域連合」のメンバーが活動しており、シンガポール、豪州、ニュージーランドには各国支部もある。さらにプレナリーの講演中には、日本支部を新たに発足する計画も紹介され、会場からは拍手が起こった。PwCなどの協力を得て、日本におけるフレームワークの活用を推進するという。

リッチ氏は、緑にあふれた近未来的な都市の画像を示し、「これが東京の未来でしょうか?皆さんが描く未来はどんなものですか?英国から来た私が皆さんにお伝えすることではありません。あなたの国です。未来は自分で決めなければなりません」と力を込めた。
フューチャーフィット財団のウェブサイトでは、世界中から未来像(ビジョン)の投稿を募っている。どんな人でも、自分の言語で投稿でき、他の人の投稿を見てヒントを得ることもできる。また同財団では、AIボットにビジョンを語ると、それを基に画像を生成できるシステムも作成中だという。リッチ氏は「皆さんはどんな未来を描いていますか?ぜひ共有してください。ともに歩んでいきましょう」と呼びかけた。
茂木 澄花 (もぎ・すみか)
フリーランス翻訳者(英⇔日)、ライター。 ビジネスとサステナビリティ分野が専門で、ビジネス文書やウェブ記事、出版物などの翻訳やその周辺業務を手掛ける。