• コラム
  • ベッティーナ・メレンデス
  • 公開日:2025.04.14
  • 最終更新日: 2025.04.15
【欧州の今を届ける】ベッティーナ・メレンデスのサステナビリティ戦略
第3回 「認識のギャップを埋める」欧州企業のジェンダー平等政策
  • ベッティーナ・メレンデス


サステナビリティに関する欧州のトピックスをお届けしている本コラム。第2回では、COP29や各国の事例を基に「カーボンプライシング」について考察しました。今回は、欧州企業のジェンダー平等政策について解説します。

image:Adobe Stock

数週間前のこと、私は母とおしゃべりをしていました。母は60代前半で、昔から驚くほど博識で、世の中の動きに敏感な人です。そのときの話題は、私が友人の10代の子どもと交わした会話について。日本語を学んでいるその子はノンバイナリー(男性や女性といった性別二元論にとらわれないジェンダーアイデンティティー)で、私の日本企業での経験にとても興味を持っていたのです。

その子のことを母に話す際、私は意識的に“they/them(性別を問わない代名詞)”を使おうとしましたが、時々間違えてしまい、そのたびに少しもどかしさを感じていました。すると母がいつものように好奇心いっぱいに尋ねるのです。「この文脈での “they/them”ってどういう意味なの?」と。

 私は一瞬驚いて言葉に詰まってしまいました。こんなに物知りで、世界の動きに敏感な母が、ノンバイナリーの代名詞についてまったく知らなかったなんて……。もし母のように聡明で、好奇心があり、世の中に関心を持っている人でも知らないのなら、同じように知らない人はどれほどいるのだろう?

この小さな出来事は、大きな問題を浮き彫りにしていると感じました。ジェンダーの多様性やインターセクショナリティ(交差性)についての認識には、知識がある人とそうでない人にまだ大きなギャップがあるのです。そしてこれは、特に職場において、より包括的なジェンダー平等の方針が必要である理由の一つでもあります。

ジェンダー平等とインターセクショナリティの重要性

ジェンダー平等とは、単に男女の均等なリプレゼンテーション(表象)を達成することだけを意味するのではありません。ジェンダーアイデンティティーやインターセクショナリティを含む、あらゆる多様性を尊重する職場を築くことが重要です。インターセクショナリティはキンバリー・クレンショーによって提唱された概念で、ジェンダー、人種、階級、障がい、性的指向などのアイデンティティーのさまざまな側面が重なり合い、独自の特権や差別の経験を生み出すことを指しています。

職場においては、すべての従業員が同じように制度や機会を経験するわけではないことを認識することが重要です。効果的な公平性の取り組みを実現するには、これらの重なり合うアイデンティティーを考慮し、すべての従業員が適切な支援を受けられるようにする必要があるのです。

多くの欧州企業はこの分野で先駆的な役割を果たしており、多様性が単なる倫理的な義務ではなく、戦略的な強みであることを認識しています。そして研究によると、多様なチームはより革新的で、優れた意思決定を行い、ビジネスの成果を向上させることが一貫して示されています。

※米国の弁護士、人権活動家(1959年〜)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校とコロンビア大学のロースクールで教鞭をとり、公民権、ブラック・フェミニズム、人種問題、人種差別、性差別、および法律の分野で執筆を行う

欧州各国・企業の独自のアプローチとは

ここからは、ジェンダー平等の推進に率先して取り組む、欧州各国と個別の企業のインクルージョンに向けた独自のアプローチを紹介します。

インクルーシブな採用

無意識の偏見を減らすため、オランダやドイツの企業ではジェンダーニュートラルな職務記述書を採用しています。ドイツでは、求人広告の性別欄に「(m/w/d)」と記載されることが一般的で、これは「男性」「女性」、または「多様」を示すものです。一方、スウェーデンの「差別禁止法」では、雇用主が積極的にジェンダーバランスを追求することが求められています。これは、スウェーデンが国の文化としてインクルーシブ性にコミットしていることを反映しています。

賃金の平等

アイスランドは、「男女平等法」によって、企業に対して同一労働同一賃金を証明する認証の取得を義務付け、世界的な基準を確立しました。この同一賃金証明制度により、賃金監査が実施され、男性と女性が同じ仕事に対して同じ報酬を受け取ることが保証されています。この政策は、ジェンダー賃金格差を明確に評価できる形で減少させました。

ドイツでは、「賃金構造の透明化促進法」により、従業員が同僚の給与について問い合わせできるようにし、透明性を高めることで賃金格差の縮小を促しました。このような透明性の高いアプローチは、EUの「賃金透明性指令案」にも影響を与えており、2026年までに加盟国に対して給与の透明性を高めることが求められています。

キャリア開発の取り組み

また欧州の企業はガラスの天井を打破するために、多様なバックグラウンドを持つ従業員を支援し、すべての人にリーダーシップの機会を提供するメンターシップやスポンサーシッププログラムに投資しています。

・フランスの大手化粧品メーカーのロレアルは、ジェンダー平等への取り組みで知られており、2019年時点で女性がリーダーシップ役職の54%、執行委員会のポジションの30%を占めています。これらの成果は、同社のキャリア開発プログラムによるものです。また、ブルームバーグのジェンダー平等指数における同社のランクインは、インクルーシブな文化へのコミットメントを示しています。

・スイスの損害保険会社のチャブは、スポンサーシッププログラムを導入し、経営幹部と高いポテンシャルを持つ女性社員をペアにして、彼女たちがリーダーシップ役職に就くためのメンターシップを行っています。この取り組みは、同社が経営層におけるジェンダーダイバーシティを進めるためのコミットメントを表しています。

image:Adobe Stock

成功の指標

欧州におけるジェンダー平等の取り組みは、データに基づいて進められており、各企業は進捗を測るための明確な目標を設定しています。

・ドイツの電機メーカーのシーメンスは、2030年までにトップリーダー職の30%を女性にすることを目標としています。2023年の時点で、すでに28%が女性によって占められており、着実な進展を見せています。

・ドイツのソフトウェア会社のSAP(エス・エー・ピー)は、管理職の29.7%、全従業員の35.2%が女性であることを報告しており、社内の追跡ツールを活用してこれらの数値をモニタリングしています。

これらの企業は、このような指標を通じて、透明性と責任の明確化を確保し、他の企業にも同様の取り組みを促す役割を果たしています。

実践におけるインターセクショナリティ

そして欧州の企業は、インターセクショナリティの視点をDEI戦略に取り入れる動きを強めており、従業員の経験が複数の重なり合うアイデンティティーによって形づくられることを認識しています。

・欧州投資銀行(EIB)は、2026年までに管理職における女性の割合を少なくとも40%にすることを目標とし、障がいのある人々へのアクセシビリティと平等な機会の促進も推進しています。EIBは、DEI政策においてインターセクショナリティを考慮し、ジェンダー、障がい、民族、年齢、性的指向、社会経済的背景などの社会的アイデンティティーが交差し、従業員の個々の経験を形成することを認識しています。

・ロールス・ロイスは「Being Like Me」プログラムを開始し、従業員が個人的なストーリーを共有することを奨励し、心理的安全性とインクルージョンを促進しています。個々の物語を強調することで、従業員の経験が多層的に絡み合うアイデンティティーによって形成されることを認識し、さまざまな視点を重視するインクルーシブな文化の重要性を強調しています。 このようにインターセクショナルな実践を導入することで、ダイバーシティとインクルージョンの取り組みがより包括的になり、個々のアイデンティティーの多面的な側面を考慮したものとなります。

個人的な気づき――政策だけでなく、意識と理解の文化を

母との会話を振り返るなかで、私は「awareness(理解の促進)」がジェンダー平等を実現するための第一歩であることに気づきました。彼女のように情報に詳しい人ですら、ノンバイナリーの代名詞について知らなかったという事実は、まだ多くの人々がそのことに無関心であることを示唆しています。この小さな出来事は、決して家庭だけの話ではなく、インターセクショナリティの視点を含む包括的なジェンダー政策を継続的に行うことがいかに重要であるかを示しています。

欧州では、企業がジェンダー平等に向けて意識的なステップを踏み、透明性のある指標や包括的なポリシーによって変化が進んでいます。しかし、真に認識のギャップを埋めるためには、政策だけでなく、意識と理解の文化をつくり上げる必要があります。 そして、いつの日か、今回の母とのような会話がなくなることを私は願っています。ジェンダーのインクルーシビティの話が例外ではなく、標準となるように。そうなるまで、私たちは一つひとつの会話を通じて、変化を推し進めていかなければならないのです。

written by

ベッティーナ・メレンデス

戦略立案、マーケティング、ビジネスデザインを専門に国際的に活躍。オランダ領キュラソー島政府観光局やベルリンのスタートアップで経験を積み、10代の頃からNGO活動に携わるなど、社会貢献にも積極的に取り組み、サステナビリティに関する幅広い知見を持つ。2021年に顧客体験を重視した幅広いデザインを提供するニューロマジックに参画。2024年からはニューロマジックアムステルダムのCEOおよび東京本社の取締役CSO(Chief Sustainability Officer)に就任し、持続可能な未来の実現に取り組む。 現在はオランダ・アムステルダムを拠点に活動中。社会・環境・経済のバランスを考慮したビジネスの推進に尽力している。

Related
この記事に関連するニュース

人生100年時代をウェルビーイングに生きる――映画『104歳、哲代さんのひとり暮らし』
2025.04.11
  • ニュース
  • #ウェルビーイング
  • #人権
  • #ダイバーシティー
平等、人権のすべては家から始まる――イケアが日本で産官学のコラボアクションを進めるわけとは
イケア・ジャパン
2024.10.24
  • インタビュー
  • #人権
  • #ダイバーシティー
マイノリティが理由を問われることなく、当然に存在する公正な社会を目指して 一般社団法人fair松岡宗嗣 代表理事
2024.10.22
  • インタビュー
  • #ウェルビーイング
  • #人権
  • #ダイバーシティー
LGBTQ+の人たちが働きやすい職場づくりへ「アライネットワーク」発足――2030年までに経営者1000人の参加募る
2023.11.13
  • ニュース
  • #人権
  • #ダイバーシティー

News
SB JAPAN 新着記事

発酵と再生――微生物が導く未来の循環型社会
2025.04.25
  • ニュース
  • #リジェネレーション
  • #エコシステム
米国の古着市場に吹く追い風と課題――トランプ政権の関税方針の影響は
2025.04.25
  • ワールドニュース
  • #サーキュラーエコノミー
戦後80年。平和のために個人、企業にできることとは
2025.04.24
  • ニュース
  • #人権
  • #行動変容
花王の挑戦:ナプキン備品化プロジェクト『職場のロリエ』で社会にムーブメントを 
2025.04.24
  • スポンサー記事
Sponsored by 花王
  • #ウェルビーイング
  • #人権

Ranking
アクセスランキング

  • TOP
  • ニュース
  • 第3回 「認識のギャップを埋める」欧州企業のジェンダー平等政策