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  • 公開日:2025.02.27
  • 最終更新日: 2025.03.27
EUの新経済戦略「競争力コンパス」の中身とその影響――競争力と持続可能性の両立は可能か

高松 平藏 (たかまつ・へいぞう)

分散型の経済拠点構造のドイツでは、地方でもモビリティに関する技術開発が進められている(筆者撮影)

欧州委員会はこのほど、新たな経済戦略「競争力コンパス」を発表した。EUの競争力強化を主眼に置きつつ、持続可能な成長も目指す包括的な指針だ。イノベーション促進、脱炭素化、戦略的自立性の強化を通じて、EU経済の再活性化を図る。本稿では、この戦略の内容を見つつ、EU経済と日本企業に与える影響を考察する。(高松平藏)

「競争力コンパス」とは――その狙いと背景

欧州委員会が1月29日に発表した経済戦略「競争力コンパス」。元欧州中央銀行総裁のマリオ・ドラギ氏が、EUの成長の阻害要因やイノベーションの課題、規制環境の問題などを分析してまとめた「ドラギ報告」に基づき、新たに作成された。

「競争力コンパス」は、以下の3つの柱を中心に構成されている。まずは「イノベーションとデジタル化」である。AIや量子コンピューティングといった主要技術の促進により、欧州のイノベーションギャップを埋める。2番目は「脱炭素化と循環経済」で、「クリーン産業のためのディール」を通じて、環境負荷の少ない生産手法を支援する。3番目は「安全保障と外部依存の低減」。 戦略的サプライチェーンを強化し、欧州企業の自立性を高める。

さらに、この3つの柱に加えて、横断的支援策を5つ設けている。すなわち「規制簡素化」、「単一市場の強化」「競争力向上のための資金調達」「スキル開発」「EU・国家レベルでの政策調整」である。

こうした戦略の実効性は未知数だが、ドイツの地方経済からの視点で次のようなことが言える。分権型国家のドイツは小さな経済拠点の集積が国全体の経済力につながっているが、経済は低迷している。例えばバイエルン州北部では、製造業の受注残高の低下や投資抑制が見られ、多くの企業が人員削減を計画している。自動車部品産業の構造変化も追い打ちをかけている。こうした中、地域でも継続的な振興策が講じられているが、「競争力コンパス」との相乗効果が期待される。

グリーン経済の弱点克服戦略としての「競争力コンパス」

今回の「競争力コンパス」では、その名の通り「競争力強化」に重点が置かれている。グリーン経済を主導する基礎はあるが、競争力を回復するために弱点を克服しなければならないという構えだ。

2050年までのEU経済の完全脱炭素化目標を堅持し、2040年までに温室効果ガス排出量を90%削減する中間目標も設定した。これらの目標達成に向け、グリーン技術や循環型経済モデルの推進によりEUの競争力強化を図る。

ここで特に「イノベーションとデジタル化」と「安全保障と外部依存の低減」の2つの柱に焦点を当てる。

この戦略は「攻め」と「守り」の二面性を持つ。「攻め」の中核は技術革新だ。AIや量子コンピューティングなど先端技術の推進により、グローバル市場での優位性確保を目指す。

一方、「守り」の要となるのが安全保障と外部依存の低減だ。戦略的サプライチェーンの強化や対象を絞った貿易協定の推進により、欧州企業の独立性を高める。再生可能エネルギー技術の活用も、エネルギー供給の安定化と外部依存軽減に寄与する。

EUは米中との競争激化や地政学的リスク、サプライチェーンの混乱といった外部要因に直面している。内部では、エネルギー価格高騰やイノベーション鈍化、官僚主義の弊害が課題だ。これらへの対応を通じ、経済基盤の強化と長期的な競争力確保を目指す。

また、EUの経済安全保障戦略の基本には、「攻め・守り」に相当するものに加えて、同盟国とのパートナーシップを重要視する。これによって戦略のバランスをとっていくと推測できる。

これらの取り組みが、EUの持続可能な成長の鍵となる。そして、2019年に発表したグリーンディールの目標とも整合性がある。

「競争力コンパス」の日本企業への影響

「競争力コンパス」は日本企業にも大きな影響を与える可能性がある。

まず、規制の簡素化によって企業の管理上の負担が削減され、EU域内での事業展開が容易になる。この戦略はグリーンディールの継続とも解釈でき、欧州の気候目標が堅持されていることから、日本企業にとってグリーン技術投資の必要性は継続するだろう。

さらに、サプライチェーンの再構築も重要な要素となる。「競争力コンパス」はグリーンサプライチェーンの確保と、EUの戦略的自立性強化を目指しており、日系企業の間でもEU域内でのサプライチェーン多様化と短縮化の傾向が見られる。

また、イノベーションやAI、量子技術、バイオテクノロジーなどの分野で、日本企業と欧州企業との協力機会が増えることが想定される。

欧州の持続可能性の考え方は、経済・社会・環境のバランスに基づいている。「社会的市場経済」を標榜するドイツに代表されるように、欧州では社会と市場経済の両立を目指す考え方が根強い。1990年代以降、環境問題への対応が加わり、今日の「持続可能性」というビジョンにつながっている。「競争力コンパス」もこの延長線上にある。

EU規制については過剰的とも言える部分もある。しかしながら、日本企業は欧州の発想やEU政策におけるEU内の地域の影響などを勘案しつつ、動向を注視し、適切な対応策を検討する必要がある。

written by

高松 平藏 (たかまつ・へいぞう)

ドイツ在住ジャーナリスト

ドイツの地方都市エアランゲン市(バイエルン州)および周辺地域で定点観測的な取材を行い、日独の生活習慣や社会システムの比較をベースに地域社会のビジョンを探るような視点で執筆している。日本の大学や自治体などでの講義・講演活動も多い。またエアランゲン市内での研修プログラムを主宰している。 著書に『ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか―質を高めるメカニズム』(学芸出版)をはじめ、スポーツで都市社会がどのように作られていくかに着目した「ドイツの学校には なぜ 『部活』 がないのか―非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房)など多数。 高松平藏のウェブサイト「インターローカルジャーナル」

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