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  • 公開日:2024.11.13
  • 最終更新日: 2025.03.27
スーパーの店頭から、消費者の行動変容は起こせるか?――WWF考案のナッジ型手法「買い物カゴ投票」の検証進む

買い物が終わり、買い物カゴを返却するタイミングで、スーパーから提示された設問の答えを考え、YESかNOかのどちらかにカゴを積む(東京・葛飾の「コープみらい コープ葛飾白鳥店」)

身近なスーパーマーケットなどの店頭から、より持続可能なライフスタイルへと消費者の行動変容を促していく仕組みを、WWF(世界自然保護基金)ジャパンが考案し、実際に東京都内のスーパーで検証するプロジェクトが進行している。スーパー側が、商品のノントレー包装の可否などを来店客に問い、買い物カゴをYesかNoのどちらかに積み上げてもらう方式で答えてもらう、その名も「買い物カゴ投票」だ。一つひとつの設問に対し、スーパー側は、積み上げられた買い物カゴの数による投票結果を反映しながら、取り組みを進めていく流れで、人々の行動を、強制することなく、そっと後押しすることを意味する、“ナッジ(nudge)型”のコミュニケーションの一つの形として注目される。(廣末智子)

ノントレー包装って何? 買い物終わりに足を止め、考え、答えを出す

「コープみらい コープ葛飾白鳥店」で行われた実証実験の様子(WWFジャパンの特設サイトより)

いつも通り、スーパーに来た人たちが、買い物終わりにカゴを返却しようとしてふと足を止め、しばしの間考えている。
「うん? 一部のお肉を『トレー』から、『ノントレー包装』に変更してもいいですか?ってどういうこと??」と。

10月上旬、「コープみらい コープ葛飾白鳥店」(東京・葛飾)の店頭で見られた光景だ。少々唐突な問いかけに、一瞬、頭をひねりつつ、設問のすぐ横に設置されたパネルを見て、「ああ、そういうことか……」とうなずく人も。そこには、「ノントレーにすることで、✔️使い捨てプラスチックを削減、✔️資源ごみが減る、✔️かさばらない、✔️そのまま冷凍できる」とポイントが書かれてあり、「なるほど。その方が便利だし、環境問題への貢献にもつながるんだ」と、合点している様子だ。さらに、人々の目線は、パネルの下に置かれた実際の商品(トレーに入った鶏肉と、ノントレーの鶏肉)に移り、「これがノントレーの商品か」と、見慣れたトレー入り商品との違いを改めて確認しているのが分かる。

そのようにして、実証実験の期間中、同店でこの設問に足を止めた人は、時間にして数十秒から数分の間に、「鶏肉がトレーに入れずに販売されるとはどういうことか」について知り、考え、答えを出す。結果、「変更しても全然OK!」と思った人は、買い物カゴを返却ついでに「YES」のレーンへ、「やっぱり嫌だな」と思った人は「NO」のレーンへ重ねていく。これが「買い物カゴ投票」の仕組みだ。

「みなさまの声を取り入れました!」投票結果を売り場改善に即、反映

2日間の実験の結果、「一部のお肉を『ノントレー包装』に変更してもいいか」の設問に対して「YES」は583票(72.3%)、「NO」は223票(27.7%)で、同店では直後から、ノントレーでの鶏肉の販売を大幅に増やした。それまでにもノントレーによる鶏肉の販売は一部行っていたが、買い物カゴ投票の投票結果とともに、「みなさまの声を取り入れました!鶏肉の一部をノントレー販売に変更」と書いたパネルを表示したことで、売り場が改善されたことが一目で来店客に伝わる、とても分かりやすいレイアウトにしたのが特徴だ。

買い物カゴ投票の結果を即座に反映し、ノントレーの鶏肉を大幅に増やした精肉売り場

このように誰もが参加できる、非常にシンプルな意思決定のアクションを経て、その結果をより良い売り場づくりにつなげる「買い物カゴ投票」だが、一連の流れは、人々がより良い選択を自発的に取れるように手助けする、ナッジ型コミュニケーションの仕掛けに基づいている。

ナッジとは「ひじで軽くつつく、行動をそっと後押しする」という意味の英語で、ナッジ型のコミュニケーションやアプローチは、「経済的に過度なインセンティブを設けたり、罰則やルールで行動を強制したりすることなく、小さなきっかけで人々の意思決定に影響を与え、行動変容を促す手法」として、近年、公共政策やビジネスのさまざまな場面に取り入れられている。一説には、環境問題に対する人々の行動変容の促進にも有効であるという。

「私の行動では何も変わらない」という〝壁〟を取りのぞくために

WWFが環境保全のために開発した、行動科学の知見と手法を用いたコミュニケーションを実践するフレームワーク、「SAVE NATURE PLEASE」のトップページ

そうしたナッジ型手法の広がりを受け、WWFでは環境保全のために行動科学の知見と手法を用いたコミュニケーションを実践するフレームワーク、「SAVE NATURE PLEASE」を2021年に開発。今回の買い物カゴ投票もその枠組みを活用し、WWFジャパンが「生活導線上で情報と行動の具体的な選択肢が提供される仕組み」として発案した。背景にはもう一つ、31カ国3万人の消費者を対象としたインサイト調査で、「自分にも周囲にも環境にもよい生き方を妨げているものは何か」とする設問に対し、日本の消費者の38%が「何をしたらよいか分からない」、28%が「私の行動では何も変わらない」と回答していることが大きかった。投票によって、そうした障壁を取りのぞき、「自分たちの意見でスーパーの売り場が変わった」という意識を持ってもらうことで、次なるポジティブな行動へとつなげるのが狙いだ。

上述の「コープみらい コープ葛飾白鳥店」では、コープ(生協)という組織柄も消費者との距離は近く、環境に対してもいろいろな取り組みを進めている。一方で、そうした取り組みが「消費者に伝わりきれていない」という課題感があり、買い物カゴ投票の「本当に気軽な形でお客さまに声を表明していただける」点に共感し、「消費者と手を取り合って、一緒に環境問題への対応を進めていきたい」という思いから、実証実験への参画を決めたという。

同店によると、買い物カゴ投票の結果を踏まえ、分かりやすいレイアウトで、鶏肉のノントレー販売を増やしたことの効果はすぐに表れた。ノントレーの鶏肉の売上高はそれまでの1.5倍となり、トレー入りで割引価格の鶏肉よりも、通常価格のノントレーの鶏肉の方がよく売れているという。この成果について、同店は、「該当商品の売り上げが伸びたことは大きな収穫であり、ノントレー商品に対してお客さまの潜在的なニーズがあったということがよく分かった」と総括する。

実証実験では、環境に配慮した商品が一目でわかる特設コーナーがあった方がいいかどうかを、その具体的なメリットを挙げながら、消費者に聞く設問もなされた

さらに実証実験では、「売り上げが寄付につながる商品や、環境に配慮した商品が一目で分かる特設コーナーがあるといいですか?」と、「特定の時間帯に一部の商品棚の照明を暗くしてもいいですか?」の2問についても来店者に質問。前者は、「YES」466票「NO」205票、後者は、「YES」580票「NO」210票で、いずれも賛成数が倍以上多く、ノントレー製品同様、その結果はすぐさま売り場に反映した。

投票の結果を反映して開設された、環境に配慮した商品を集めた特設コーナー

投票結果はいずれもノントレー商品同様、店頭で即座に展開したが、中でも、環境に配慮した認証マーク入りの商品を、食品や日用品などのカテゴリーを超えて1カ所に陳列する特設コーナーを設けたことへの来店客の反応は大きかった。同店によると、「いつも買っている商品が環境に配慮した商品であることに気付かされた」「環境に配慮した商品は高いというイメージがあったが、意外と安い商品もあることが分かった」といった声が聞かれたそうで、店側としても、これまで伝えきれていなかった環境への取り組みを消費者に伝え、消費者と店舗が信頼関係を築きながら、プラスチック削減などの課題解決につなげていく有効な手段として、買い物カゴ投票に手応えを感じているようだ。

WWFなど実施マニュアルを公開中「さまざまな業態で取り入れて」

今回のプロジェクトには、WWFジャパンとの共同研究のパートナーとして、滋賀県立大学人間文化学部生活デザイン学科の山田歩准教授の研究室が参画。11月現在、「コープみらい コープ葛飾白鳥店」で行われた3つの問いに対する結果を踏まえた買い物カゴ投票の有効性について、さまざまな角度から検証を進めているところだ。

スーパーなど小売店側にとっては、消費者の声を可視化する手段として、大掛かりな什器などを用意することもなく、実施することができるのも買い物カゴ投票のメリット。このためWWFジャパンと滋賀県立大学では、自社のSDGsやサステナビリティの推進を目的に、企業や組織が幅広く利用可能な手法として、その実施マニュアルをオープンソース化しており、WWFジャパン ブランドコミュニケーション室の増本香織氏は、「スーパーに限らずさまざまな業態で取り入れ、店側と消費者が二人三脚で売り場を変え、消費者の行動変容を促すきっかけにしていってほしい」と話している。

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