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  • ベッティーナ・メレンデス
  • 公開日:2025.03.17
  • 最終更新日: 2025.03.29
【欧州の今を届ける】ベッティーナ・メレンデスのサステナビリティ戦略
第2回 COP29や各国の事例から探る「カーボンプライシング」

ベッティーナ・メレンデス

サステナビリティに関する欧州のトピックスをお届けしている本コラム。第1回では、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)から企業の説明責任やイノベーションの可能性について解説しました。今回はCOP29や各国の事例を基に「カーボンプライシング」について考察します。

Image: COP29 PHOTO

2024年11月にアゼルバイジャンのバクーで開催された国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)では、炭素国境調整メカニズム(CBAM)が国際的な議論を巻き起こしました。この政策はEUによって導入され、カーボンプライシング(炭素価格)が低い国からの輸入品に炭素税を課すことで、EU産業の競争力を維持しつつ、カーボンリーケージを防ぐことを目的としています。EUはCBAMを脱炭素の公平な解決策と見なしていますが、中国、インド、ブラジルなどからは、同政策が貿易障壁となり、特に発展途上国経済国に不均衡な影響を与えると批判が出ています。

本当に議論すべきことは、誰が正しいかではなく、どういったアプローチが実際に機能するのかという点です。「EUのカーボンプライシングのアプローチは効果的なのか?」「 スウェーデンの長年にわたる炭素税や、中国の国家主導のサステナビリティ戦略と比べてどうなのか?」 これらのシステムを詳しく見てみると、より複雑な世界の現実が浮かび上がってきます。

※ 規制が厳しい国の生産・投資が縮小して排出量が減る一方、規制が緩やかな国では生産・投資が拡大して排出量が増加すること

日本と欧州のサステナビリティの違い

CBAMのような欧州の政策は、EUの規制枠組みのなかでは理にかなっているように思えますが、特に日本のような産業大国を含む世界経済への実際の影響を見ると、さまざまな課題が見えてきます。

CBAM の運用に関して、S&P グローバル・コモディティ・インサイトの評価では、ブラジル、カナダ、南アフリカ、トルコが特に影響を受ける国として挙げられています。日本は含まれていませんでしたが、日本は大規模な鉄鋼産業を抱えており、CBAMの影響から大きな課題に直面しています。EUへの輸出依存度は他の国ほど高くないものの、日本の鉄鋼メーカーはCBAMの潜在的な影響を慎重に見極めており、この変化する貿易政策が先進国にも圧力を与えていることを示しています。

中国のサステナビリティに対する包括的アプローチ

2024年11月時点で、S&P グローバル・コモディティ・インサイトの傘下であるPlattsは、2024年12月のEUの許容排出枠(EUA)を67.82ユーロ/mtCO2e(72.18ドル/mtCO2e)と価格換算していました。一方、中国の排出枠(CEA)は105.03元/mtCO2e(14.70ドル/mtCO2e)であり、その価格はEUのほぼ5分の1にとどまっています。

中国はカーボンプライスが低いかもしれませんが、以下のことに取り組み、脱炭素の成果を上げています。
・再生可能エネルギーへの最大の投資国であり、太陽光や風力を導入
・世界最大の電気自動車(EV)市場を持ち、BYD(比亜迪)やNIO(上海蔚来汽車:二オ)などの企業がグローバルな交通の変革を推進
・循環型経済政策を推進し、積極的なエネルギー効率化や廃棄物削減の取り組みを実施

中国は、カーボンプライシングのような市場ベースの政策だけに頼るのではなく、国家計画、産業規制、財政的インセンティブを通じてサステナビリティを推進しています。政府が排出量を規制し、厳しいエネルギー効率基準を課し、銀行に対してグリーンプロジェクトへの融資を義務付けています。

スウェーデンの炭素税モデルは手本となるのか?

中国が高い炭素価格よりも国家主導の介入に頼る一方で、スウェーデンは異なるアプローチを取っており、長期的な政策設計において重要な教訓を提供しています。スウェーデンはカーボンプライシングの先駆者であり、1991年に世界で初めてこの野心的な政策を導入しました。多くのカーボントレーディング制度が排出量の上限に焦点を当てるのに比べ、スウェーデンのシステムはカーボンに対して高く、着実に増加する価格を適用しており、現在では世界でも最も高い水準の一つとなっています。

炭素税は1トンあたり23ユーロから始まり、現在では1トンあたり120ユーロを超えています。この政策は、スウェーデンの再生可能エネルギー、エネルギー効率、そして産業全体の脱炭素化への急速な移行を促進しました。スウェーデンのCO2排出量は1990年から2018年の間に27%減少し、その間にGDPは78%増加しました。このことは、野心的な気候政策と経済成長が両立できることを示しています。

スウェーデン南部の港湾都市マルメの風力発電
  • スウェーデンの炭素税から得られる、重要なポイント

・収益の再投資:単にコストを引き上げるだけの炭素税とは異なり、スウェーデンはその収益をグリーンイノベーション、再生可能エネルギーの助成金、公共交通機関に再投資。これにより、企業や家庭への経済的影響を和らげた。
・段階的な導入:税は段階的に導入され、産業が適応する時間が与えられた。これは、EU域内の排出量取引制度のように炭素価格の変動が激しい、急激な価格設定政策とは対照的。
・業界別に調整:最初はエネルギー集約型産業を税負担から免除し、競争上の不利を避けていたが、徐々にこれらの免除を廃止。

スウェーデンは、価格変動が予測可能な国内炭素税を採用していますが、EUのCBAMは輸入品に課される外部コストとして機能しており、根本的に異なるアプローチを取っています。一方、中国は脱炭素化目標を達成するために、カーボンプライシングよりも国家主導の産業計画に取り組んでいます。
スウェーデンのモデルは、高い炭素価格が効果を発揮するためには、産業に適切な支援のメカニズム、段階的な導入、そして再投資戦略が必要であることを示しています。状況が異なる日本では、炭素税を導入することで中小企業が大きな負担を受けることになります。

CBAMと世界のカーボン政策に対するバランス

COP29はこれまでとは異なり、主に資金に関する議論が中心でした。それにもかかわらず、気候政策の重要な財務ツールであるCBAMについての議論が、公式アジェンダから外されていたことは皮肉だと思います。EUのCBAMはコストの平準化を試みていますが、保護主義だと批判もされています。一方、中国のサステナビリティモデルは、多くの分野で非常に効果的であることが証明されています。

日本の大企業は炭素税に適応するためのリソースを持っていますが、中小企業は財政や技術的能力が限られており、繰り返しになりますが、大きな課題に直面する可能性があるのです。産業分野では、セメント、鉄鋼、肥料などが特に影響を受けやすく、公正な移行を促進するための個別の支援策と税制改革が必要です。
つまり、カーボンプライシングは単なる「発展途上国 対 先進国の問題」ではなく、世界的な課題であると言えます。

異なる経済構造には、異なるサステナビリティ戦略が必要です。COP29の政策立案者にとって重要な課題は、これらの多様なアプローチをいかにグローバルに公平で効果的な気候政策に統合できるかです。
EU、スウェーデン、中国は、競争するモデルではなく、それぞれ重要な教訓を提示しています。市場主導のインセンティブ、国家の直接介入、そして炭素税にはそれぞれの役割があります。今後は、脱炭素化を加速しつつ、経済的な公平性を確保するために、これらの方法のバランスを取ることに焦点を当てた国際協力が必要です。

サステナビリティは単なる経済的な方程式ではない

CBAMが進展し、カーボンプライシングが進化し続けるなかで、重要な課題は誰が正しいかではなく、実際に効果があること、そしてそれが誰にとって効果的であるかを理解することです。COP29は、異なる経済的現実を反映し、調和の取れた適応可能で実用的な気候変動政策の必要性を浮き彫りにしました。

単一のアプローチをかたくなに擁護するのではなく、グローバルな協力は、さまざまなモデルの最も効果的な要素を組み合わせることに焦点を当てるべきです。

具体的には、EUの排出量取引制度のような市場主導のインセンティブを活用してイノベーションや炭素削減を促進すること。そして、中国の国家主導型計画のように戦略的なグリーンインフラ投資を推進し、スウェーデンの炭素税のような仕組みを導入して、長期的な価格の安定性を確保することが求められます。
これらの要素を最も効果的な形で適用することで、各国はよりバランスの取れた、実効性のある脱炭素のためのグローバルな枠組みを構築できるでしょう。

私はCOP29から、「サステナビリティは単なる経済的な方程式ではなく、戦略的なバランスを取る行為である」という教訓を得ました。
これは、短期的な経済競争力と長期的な気候目標のバランスを取りつつ、炭素価格政策を厳格に実施して変革を促す一方で、発展途上国や中小企業に不当な負担をかけないよう柔軟性を持たせることを意味します。また、イノベーションのインセンティブと規制の確実性を両立させることで、産業界が低炭素技術に自信を持って投資できる環境を整えることも必要です。これからの課題は、単に排出量を削減することではなく、それを公正かつ実現し、持続可能な形で進めることにあります。イデオロギーの対立を乗り越えるスピードが速ければ速いほど、公正な移行(Just Transition)を加速させ、低炭素な未来に早く到達できるでしょう。

written by

ベッティーナ・メレンデス

戦略立案、マーケティング、ビジネスデザインを専門に国際的に活躍。オランダ領キュラソー島政府観光局やベルリンのスタートアップで経験を積み、10代の頃からNGO活動に携わるなど、社会貢献にも積極的に取り組み、サステナビリティに関する幅広い知見を持つ。2021年に顧客体験を重視した幅広いデザインを提供するニューロマジックに参画。2024年からはニューロマジックアムステルダムのCEOおよび東京本社の取締役CSO(Chief Sustainability Officer)に就任し、持続可能な未来の実現に取り組む。 現在はオランダ・アムステルダムを拠点に活動中。社会・環境・経済のバランスを考慮したビジネスの推進に尽力している。

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