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  • 公開日:2024.11.06
  • 最終更新日: 2025.03.27
コーヒーを気候変動に適応させ、農家の未来も守る――不足するイノベーションに新品種の開発・普及で巻き返し

Image credit:World Coffee Research

コーヒーの栽培が気候変動によって脅かされている。栽培適地の減少に加え、病気の影響も拡大している。コーヒーの経済価値は世界的に大きいが、主に低所得国で栽培されていることなどから長年資金不足に悩まされており、品種改良のペースは遅かった。そうした中、コーヒー関連企業などが共同出資する研究機関は、気候変動に強く、栽培時の炭素排出量が少ない新品種の開発・投資を急ピッチで進める。また、業界大手も取り組みを加速させ、将来にわたって生産を続ける道を探る。(翻訳・編集=茂木澄花)

コーヒーは世界中の人々にとって、もはや単なる朝の習慣以上の意味を持っている。複数の経済圏、文化圏、そして複雑に絡み合う地理的環境に深く織り込まれた世界的な産業であり、需要の急増と気候変動という二重の難題によって変化の時を迎える。

繊細な風味が高く評価されている主要品種、アラビカコーヒーの栽培に適した土地は、気温上昇に伴って急激に減っている。2050年までにアラビカ種の栽培適地は半減する可能性があるとされており、需要は増えているにもかかわらず、供給は危うい状況だ。それを受け、コーヒー豆を使わない「コーヒー」を開発し、この人気の飲料を飲み続けられるよう取り組んでいる人たちもいる。その一方で、業界大手や共同出資による研究機関はコーヒー豆にこだわり、今後も確実に生産を続けるため、気候変動に強い品種を開発する取り組みを加速している。

コーヒー関連企業が共同出資で品種開発

世界を見渡しても、コーヒーほど投資額が不足している作物は多くない。コーヒー生産者の大半を占める小規模農家が世界のコーヒー生産量の60%を担っているが、ほとんどの小規模農家は品種開発に投資する資金を持たない低所得国にいる。多くのコーヒー生産国は「コーヒーの品種改良に資金を配分するか、国民にとって重要なインフラやサービスに投資するか」という選択を迫られる。その結果、コーヒー農家は基本的に、長年栽培してきた品種を育て続けているという状況だ。

「コーヒーは、森林の環境から、たった数百年でホンジュラスやブラジルで見られるような日当たりの良い環境での生産に適応しました」。ワールド・コーヒー・リサーチ(WCR)のバーン・ロングCEOはサステナブル・ブランズにこう語った。「問題は、イノベーションがほとんど起こっていないことです。コーヒーが気候変動に適応できないということではありません。ほぼ確実に適応できるはずです。エチオピアの森から世界中に運ばれ、適応できたのですから。私には、非常にレジリエント(強じん)な植物に思えます」

WCRは資金不足の現状を打破するため、あらゆる規模の生産者に向けて、多様で持続可能な方法で高品質なコーヒーを供給し続けるための科学的な解決策を提供する。例えば、伝統的な手法と最新の手法を融合するというアプローチがある。伝統的な品種改良の手法と高度なデータサイエンスを組み合わせることで、これまでほとんど手付かずだったコーヒーの遺伝子的な可能性を開拓する。

2023年にWCRが発表した試算によれば、増加するコーヒー需要を満たし続けるために必要な投資額は年間4億5200万ドルだという。コーヒーへの投資額は他の作物と比べて明らかに少ない。例えば、1995年から2015年の間に全世界で発表されたトウモロコシの品種は1300種を超えるのに対し、同期間に発表されたコーヒーの新品種は30種に満たない。さらに、1960年代以降に品種登録されたリンゴは5314種類だが、コーヒーはたったの119種類だ。

「事実、リンゴの品種開発では、コーヒーの43倍のイノベーションが起こっています。コーヒーは世界で2000億ドルの価値を創出し、農業セクターで圧倒的に多くの仕事を生み出しているにもかかわらずです」。WCRで戦略とコミュニケーションの責任者を務めるハンナ・ノイシュワンダー氏はこう語る。「コーヒーの価値に対して、不足している投資額の規模は不相応で、大きなイノベーションがないまま栽培していくことは持続可能ではありません」

WCRは、世界中の農家がコーヒーの品種改良の成果を活用できるよう、協力的な取り組みを行う。総合的なアプローチで、各国政府が最新の品種改良ツールを導入できるよう支援し、より公平な資源と知見の分配を実現する。

例えば、WCRの「イノベア・グローバル・アラビカ・ブリーディング・ネットワーク」には、WCR会員である世界200社以上のコーヒー企業が出資している。同ネットワークは、10カ国の多様な農業生態学的環境で、コーヒー品種の栽培試験を行う。複数の環境での試験を行い、苗木にさまざまな負荷をかけることで、研究者たちは各地域に最も適したレジリエントな品種を特定し、発表できる。この世界的なネットワークにはコーヒー企業と各国のパートナーが共同出資しており、最高の性質を持つ品種を開発し、効果的に普及することが可能だ。WCRは、レジリエンスと収量の両方を向上するため、会員が環境再生型(リジェネラティブ)農業の手法を実践するための支援も手掛ける。

ロング氏は「(技術への)アクセスを最適化し、農家がコーヒーの輸出で成功するために必要な技術を利用できる機会を増やすこと。そして、現状の悪循環とは対照的な好循環を生み出すことが、サプライチェーンに関わる全ての人の利益になります」と説明する。

業界大手が研究開発をけん引――ネスレ、スターバックスの取り組み

ネスレの新しい農業科学研究所(NIAS)など、コーヒー業界のプレーヤーも、気候変動と病気への耐性に優れた高収量のコーヒー品種を開発することで、このイノベーションの加速に貢献する。これらの新品種はさまざまな環境条件の下で育つように改良されていて、必要とする水や養分が比較的少ない。そのため、カーボンフットプリントも少なくなる。

NIASの研究成果で特筆すべきは、豆の大きさとコーヒーさび病への耐性で知られる、高収量のアラビカ種「スター4」の開発だ。さび病は、世界的にコーヒーの収穫を脅かす主要な病気だ。スター4は生産性が高く、少ない資源で1本の木から多くのコーヒーが採れるため、コーヒー生産に伴う温室効果ガスの排出を削減できる。現在、この品種はブラジルで栽培登録されている。

一方、WCRの会員企業でもあるスターバックスは、グローバルな研究、開発、イノベーションの拠点として、コスタリカで240ヘクタールのコーヒー農園を保有する。NIASのように、同社のハシエンダ アルサシア農園の研究開発チームも、生産性の高さを重視し、気候変動とコーヒーさび病などの病気に強い6種類のコーヒー品種を開発した。スターバックスはこれらの品種を、自社に卸すかどうかを問わず世界中の農家に無償で提供している。過去5年間で、同社はこうしたレジリエントな品種の種子を300万粒以上、中国、コスタリカ、グアテマラ、ホンジュラス、インドネシア、メキシコ、ニカラグア、ペルーの生産者に配布した。

さらにスターバックスは、農家が気候変動に適応して繁栄するために必要な資金とリソースを手に入れられるよう、資金調達の機会も提供している。

「コーヒー農家と農業コミュニティはすでに、気候変動と地球温暖化の影響を感じています」。同社の担当者はサステナブル・ブランズに対してメールでこう語った。「スターバックスの未来は、農家とその家族、そしてコミュニティの暮らしと直接関係しています。そのため、私たちにはコーヒーの旅路の一部である人々を尊重する責任があると本気で考えています」

ネスレ、スターバックス、WCRなどによる取り組みは総じて、レジリエントで持続可能なコーヒー業界への道を開くことを目的としている。コーヒーは樹木になる作物のため、栽培試験にかかる期間は数十年にも及ぶ。そのため、WCRとその提携企業・団体が開発している品種のほとんどが市場に浸透するのは、2030年代になる。WCRは、2030年代の普及を目指し、今後3年から6年の間に約100種類の新品種を発表する予定だ。

「コーヒーと気候変動については、多くの悲観的な見通しがあります」とノイシュワンダー氏は言う。「しかし、コーヒーが気候変動に適応できるよう、人間はあらゆる手を尽くすでしょう。私たちは研究機関として、実はそうした(悲観的な)可能性について非常に楽天的に考えています。コーヒーの品種改良は大幅に遅れを取っていることもあり、投資がなされてこなかった長い年月の遅れをここから一気に取り戻し、素早く進歩を遂げようとしているのです」

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