• 武蔵野大学ウェルビーイングコラム
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  • 公開日:2024.07.23
  • 最終更新日: 2025.03.28
響き合い、つながり合うウェルビーイング
【武蔵野大学ウェルビーイング コラム】第4回 ウェルビーイングの深層へ

山田 博(やまだ・ひろし)

第4回 一ノ瀬 正樹

高校時代、私はバレーボール部に所属していました。セッターをやったり、スパイカーをしたり。そして、忘れもしない高校2年の秋、地区大会にて、なんと優勝を勝ち取ったのでした。本当に嬉しかった。つらい練習に耐えてたどり着いた幸福でした。けれども、“禍福は糾(あざな)える縄の如し”。県大会に進み、一回戦を勝ち上がったものの、次の試合で強豪校に歯が立たず、敗退してしまいました。あの悔しさ、屈辱感も忘れられません。

今日、「ウェルビーイング」(well-being)という概念が瞬く間に時代のキーワードとして広がってきました。ウェルビーイングとは、「世界保健機構」(WHO)の用語集によれば、「個人および社会が経験する積極的な状態である。健康と同様に、それは日常生活を送るための資源であって、社会的、経済的、環境的条件によって確定される。ウェルビーイングは、生活の質、および人々や社会が有意義で目的を有する世界となるよう貢献できる能力、それらを包摂する」とされています。「幸福」(happiness)の概念と似ていますが、「幸福」あるいは「しあわせ」がどちらかというと個人の快適さを意味すると捉えられがちなのに対して、ウェルビーイングは社会的・環境的条件の中での人々や社会の良好な状態を強調している点、とても特徴的です。

では、先に挙げた、私がバレーボールの地区大会で優勝したときの幸福感はウェルビーイングなのでしょうか。

競技スポーツには勝者がいれば敗者も必ず存在します。負けるのは悔しい。つまり、勝者の誕生は、敗者の悔しさを伴うのです。もちろん、敗戦しても悔いはない、という場合もあるでしょうが、悔しくて眠れないといったケースもあるはずです。ならば、勝利の喜びは果たしてウェルビーイングな状態なのだろうか、という問いが生まれるのは避けられません。

あるいは、こういうことも考えてみてください。私たち消費者は、安価で質の良い商品を手に入れて、満足感を得るときがあります。安くておいしいチョコレート、安価だけれど格好がよくて丈夫な衣類。こうしたものを手に入れて喜びを感じるとき、それはウェルビーイングな状態だと言えるでしょうか。

たぶん言えるでしょう。けれども、実を言うと、安価で質の良い商品のなかには、児童労働や、立場の弱い途上国の生産者が買いたたかれたりすることを通じて、そうした価格で提供可能になっているものもあるのです。それがゆえに、今日ではそうした適正でない報酬での取引をせずに、公正な取引によって供給される「フェアトレード」と呼ばれる商品提供のルートが構築されて、生産者の権利を守るための取り組みがなされています。だとすると、安価でおいしいチョコレートを、海の見えるコテージでワイングラスを傾けながら味わう、という極めて快適な状態も、もしかすると社会的・環境的条件という視点からすると、他者のなにがしかの犠牲を介した快適さである可能性もあり、それは果たしてウェルビーイングと言えるのだろうか、という疑問も出てきてしまいます。

さらに、ウェルビーイングと個人の快適さの関係については、大きな問題があります。つかの間の、客観的な事実に基づいていない快適さはウェルビーイングと言えるのだろうか、という問題です。多くの哲学者たちがこれを問題にしています。

例えば、家族や友人や同僚との友好的で快適な人間関係を持ち続けている人はたぶんしあわせでしょう。ウェルビーイングな生活を送っていると言えるかもしれません。けれども、もし、その人自身はまったく気づいていないとしても、実は、周りの人々から陰で軽蔑されたり、見下されたり、ばかにされたりしている、としたらどうでしょう。もちろん、“知らぬが仏”という言葉もあるので、本人が快適ならばそれでしあわせだ、という捉え方もあるでしょう。しかし、こうした事態を知っている第三者の目からしたら、何て気の毒な人だろう、と思われるかもしれませんね。それに、“知らぬが仏”といっても、本人が亡くなった後で家族が先祖の不名誉な評価によって傷ついてしまう恐れもあります。本人の快適さだけでウェルビーイングが完結するのだろうか、という疑問も生まれるでしょう。

ロバート・ノージックというアメリカの哲学者は「経験機械」という思考実験をかつて提起しました。その機械の中に入ると、人は、脳にプラグをつなぐことで、自分が夢に描いたような経験を、そして人生を、すべてまさしく本当の経験のように味わうことができるのです。「私たちはこのような機械に入りたいと思うだろうか」というのが哲学者の問いかけです。これは、アルコールや薬物によって快適さを感じることに似ていますね。個人の主観的な快適さがウェルビーイングなのかどうか、それが考えるべきポイントです。

ウェルビーイングは私たちが目指すべき望ましい状態です。なんとか実現させていきたい。それを実現するには、ウェルビーイングとは何か、という問いにまずは向かう必要があります。深層まで掘り下げると、案外に難しい問いだと気づくはずです。ウェルビーイングに関心のある方々に最初にその難しさを実感してほしい。それが出発点だと私は思います。

https://www.who.int/activities/promoting-well-being

一ノ瀬 正樹(いちのせ まさき)
武蔵野大学図書館長・ウェルビーイング学部教授(哲学)

茨城県生まれ。土浦一高、東京大学文学部卒業。東京大学大学院博士課程修了。博士(文学)。東京大学大学院人文社会系研究科教授を経て、東京大学名誉教授、オックスフォード大学名誉フェロー、武蔵野大学ウェルビーイング学部教授。和辻哲郎文化賞、中村元賞などを受賞。日本哲学会会長、哲学会理事長などを歴任。著書に『死の所有』(東大出版会)、『ためらいと決断の哲学』(青土社)など、論文に”Normativity,probability,and meta-vagueness”(Synthese)などがある。

written by

山田 博(やまだ・ひろし)

武蔵野大学ウェルビーイング学部教授 株式会社森へ 創業者/プロ・コーチ/山伏

1964年生まれ。(株)リクルートを経て、2004年プロ・コーチとして独立。 CTIジャパンにてコーチ、リーダー養成のトレーナーとして約4000人の育成に関わる。2012年(株)CTIジ ャパン代表、2014年(株)ウエイクアップで全員当事者の経営に取り組む。2006年「森のワークショップ」をスタート。2011年「株式会社森へ」を設立。自分、人、森との対話を通じて、原点を思い出す「森のリトリート」を全国各地の森で開催。最近は、山、森、川、海のつながりの中で暮らしながら身体ごと学ぶ場を求めて各地を巡っている。 著書に『森のように生きる』(ナチュラルスピリット)、『森のような経営』(ワニ・プラス)、『RETREATー森と共に、歩む日々。』(金風舎)など。

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