![]() インクジェットデジタル捺染機を通して、2メートル近い幅の大きな布に色鮮やかな花柄がプリントされる様子を見学するnestのメンバー (長野県富士見町、セイコーエプソン「ソリューションセンター富士見」)
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同じ志を持つ若い世代が共創し、アクションを起こすサステナブル・ブランド ジャパンのユースコミュニティnest(ネスト)がこの夏、長野県諏訪市にあるセイコーエプソンの本社を訪ね、同社の創業に至った経緯や社会活動への思いに触れた。企業活動の現場を実際に見て・聞いて・体験することを通して知見を増やしたいと考えるnestと、『未来のステークホルダー』になり得るnestのメンバーらとの対話を通して会社の将来展望を描くヒントを得たいというエプソン側の思いが合わさり、実現した企画だ。7月の事前学習、8月に一泊二日で行われたフィールドワークを通じて、nestのメンバーがさまざまな部署から参加したセイコーエプソンの社員と率直に意見を交わした場面を報告する。
※セイコーエプソン社員の役職はワークショップ実施日時点
小さな時計製作に始まった「省・小・精」に込められた思い
事前学習はオンラインで行われ、nestからメンバー34人が参加。セイコーエプソンサステナビリティ推進室の尾崎由佳氏が講演し、創業80年の同社が小さな時計製作から始め、その時々に、人々の生活の変化につながるような製品を提供してきた歴史を紹介した。
そうした歴史を経て今、同社はすべての事業を価値創造の観点から行い、社会課題の解決と生産性の向上に取り組んでいる。方法論としては、マテリアリティを特定し、独自のコア技術をベースにイノベーションを起こすアプローチが取られているという。
中でも同社の特徴的な技術であるインクジェットプリンティング技術と、デジタル捺染を活用したファッション・アパレル分野での社会課題解決について、尾崎氏は、「生産にかかる環境負荷も少なく、使う分だけ作ることができる」などと強みを述べ、消費者の「つかう責任」に応え、企業の「つくる責任」にも貢献する技術であることを強調した。
尾崎氏の講演を聞いたメンバーは、ここで初めて知ったエプソンの歴史や社会課題の解決に向けた現在のさまざまな取り組みについてグループで討論を深め、フィールドワークに臨んだ。
創業者の思いや黎明期の発展を支えた製品などを伝えるエプソンの創業記念館
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いざ本番。フィールドワークは8月22〜23日、エプソンの創業の地である信州で行われ、nestからは高校生4人を含む総勢30人が全国から参加。東京からバスを借り切って現地に向かった。初日の訪問先は、上諏訪にあるセイコーエプソン本社だ。
研修は、事前学習で講演した尾崎氏が、nest側から提出された事前学習後の質問に答える形で始まった。例えば「そもそも紙や布にプリントしなければ環境に負荷がかからないのでは」という本質的な質問に対して、尾崎氏は「環境のために便利さを犠牲にするのではなく、両立させる技術で、選択肢を増やすのが弊社の役割」と答えた。エプソン側はnestの視点にここで早くも手応えを感じた様子だ。
その後、同社CFO・CSuOの瀬木達明氏がオンラインで登壇。CFO(最高財務責任者)とCSuO(最高サステナビリティ推進責任者)を兼務している理由について、パーパスの「省・小・精」がCFO、「人と地球を豊かに彩る」がCSuOとしての役割に当たるとし、「この2つをセットにして進めていくことが大事」と、同社が社会貢献と企業成長の両立に取り組んでいることを強調した。そして、これを実現するためには「若い世代の力が必要だ」といい、「エプソンに対して忌憚のない意見、アドバイスをほしい」とメンバーたちに呼びかけた。
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次にメンバーは、創業記念館とアップサイクルセンター、過去の製品展示の見学へと向かった。
創業記念館には、エプソンの創業者である山崎久夫氏の“諏訪を東洋のスイスに”という思いや、黎明期の発展を支えた製品、関連資料などがぎっしりと詰まっていた。中でも緻密な機械式時計は、スマートウォッチに慣れたnestメンバーの目をくぎ付けにしたようだ。
アップサイクルセンターには、同社の乾式オフィス製紙機PaperLab(ペーパーラボ)が設置されており、実際に紙を再生させる様子を見ることができる。メンバーたちは、コピー済みの用紙を繊維化、脱色し、結合剤と混ぜ、高圧をかけて紙に戻す一連の行程を、実際に自分の目で確かめながら説明を受け、最後にペーパーラボから再生紙が出てくると「速い!」「思ったよりきれい」など驚きの声を上げていた。
過去の製品展示では、小型化をキーワードとして1980年代から90年代に開発・販売されたユニークな商品が陳列されていた。例えば、ハンドヘルドコンピューターは現在のノートパソコン、フライング・ロボットは現在のドローンの原型といえ、技術の積み重ねの上に現在の便利さがあることをメンバーたちは実感した様子だ。
![]() 技能五輪訓練生として配属されたエプソンの社員たちとも交流を深めた
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続いて一行は「ものづくり塾」の見学へ。「ものづくり塾」とは毎年行われる技能五輪のために、23歳以下の訓練生として配属された新入社員たちが文字通り腕を磨く場所で、精密機器組立とプラスチック金型、メカトロニクス、移動式ロボット、電子機器組立の5部門による競技の研修が行われている。
この日も、現場では技能五輪での入賞を目指す社員らが訓練中で、メンバーから彼らに対し、「なぜエプソンに入社したのか?」「自分が成長したと思える瞬間は?」「技能五輪が終わったら何を目指す?」など矢継ぎ早に質問が飛んだ。メンバーと新入社員たちとは年齢が近いこともあり、親近感が興味関心に自然とつながったようだ。
こうして初日の研修を終えたメンバーは、ここまでで感じた“エプソンらしさ”について、チームで学びを整理。「伝統と新しい技術を組み合わせている」、「物づくりだけでなく、人づくりに真摯に向き合っている」といった感想が挙がった。
Z世代の視点でメーカー企業が抱える課題や改善策を提言
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2日目は、エプソンのソリューションとイノベーションを体感できる「ソリューションセンター富士見」と「インクジェットイノベーションラボ富士見」へ。
「ソリューションセンター富士見」は、デジタル捺染について体系的に学べる場で、この日も中に入ると、同社のインクジェットデジタル捺染機が、2メートル近い幅の大きな布に緻密な花柄を色鮮やかにプリント中だった。デジタル捺染の最大の特長は、アナログ捺染のように刷版を作らなくて済むことで、版の洗浄や保管などの手間が省かれる。また、顔料インクを使用することで、アナログに比べて水の使用量を95%削減できるという。
さらに、「インクジェットイノベーションラボ富士見」では、紙への印刷だけでなく、エレクトロニクスやエネルギー、バイオ・製薬、立体物への加飾などさまざまな分野で応用されつつあるインクジェットの最新技術を実際に目にすることができる。ここでロボットアームや、直動軌跡制御という技術を使って立体物にフルカラーで写真などを印刷する機械の実演を通して、ものの数分で文字や写真が印刷されたヘルメットを手にしたメンバーからは、「シールみたいに立体感がある」「タッチがなめらか」など技術力の高さに感心する声が上がった。
この後、エプソンの技術開発本部 技術開発戦略推進部長の腰原健氏から、同社の技術開発における環境への取り組みと事業領域についてレクチャーを受けたメンバーは、その一端を目の当たりにした直後だけに理解が深まったようで、「ペーパーラボで布は作れないか」「スクリーンではなく空間に投影できる技術は?」など活発に質問。腰原氏もこれに「今は難しいが、空間に投影させる方についてはいつかは実現させたい」と応えていた。
![]() セイコーエプソン社員も交えての技術開発に関するグループワークの様子。どのグループも総立ちで活発な意見が飛び交った
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そして、フィールドワークは最終段階に入り、最後のグループワークの時間に。エプソンの技術開発戦略推進部長の松野敦彦氏をファシリテーターに、再度、「エプソンの良いところ」「いまいちなところ」「これからやってほしいこと」を掘り下げる形でディスカッションが行われた。
メンバーからはエプソンの「いまいちなところ」について、「内輪でまとまっている」「技能訓練生に技能五輪の金メダル以外のモチベーションが見えない」「技術のすごさを伝えきれていない」など、まさに忌憚のない指摘が出る一方で、「ロボット印刷技術で銭湯やビルの壁に絵を描いてほしい」「魚の捌き方を直接魚に印刷してはどうか」「学校のクラスTシャツをデジタル捺染機で作れば勉強になる」といった若者らしい斬新なアイデアも多数飛び出した。
「いまいちなところ」の指摘に対しては、講評を担当した技術開発本部副本部長の木口浩史氏から「内輪でまとまってしまっている、技術のすごさを伝え切れていないといった、同じような悩みを抱える日本のメーカーは多い。そうした点についてどうすれば改善できるかをもっと深く考え、解決策を提案してほしい」と、逆にメンバーにハッパをかける場面もみられた。
グループワーク後半は、「DE&Iの取り組み」がテーマに。DE&I戦略推進部の東埜(ひがしの)友香氏が講義を行い、同社ではDE&Iについて「理念ではなく(売り上げなど)具体的な成果を出すためのものと認識。より実効性のある施策を行うことを心がけている」などと説明。これを元に議論を深め、意見をまとめた。
その中でもメンバーは、「マッチングイベントのポスターの写真が女性しか写っていない」「障がい者の気持ちを分かったつもりになるのはよくない」と鋭い意見を連発。これに対し、講評に立ったDE&I戦略推進部長の根村絵美子氏は、「皆さんの意見を聞いて、方向性は間違ってないと安心する部分と、まだまだ浸透していないと反省する部分があった」と総括。フィールドワークの全体を通して、エプソン側がnestメンバーとの対話を重視し、彼らの意見を会社の将来展望に生かすことへの手応えを感じている様子が随所でみられた。
最後に、nestプロデューサーで横浜国立大学4年生の入江遥斗氏は「今年2月のSB国際会議のnestのランチセッションに参加したセイコーエプソンの担当者から何らかのかたちで連携できないか?とお声がけいただき、半年かけて準備をしてきた。実現したのは多くのエプソン社員の皆さんの尽力があってのこと。その謝辞の意味も込めて、今回得た経験をレポートという形でさらにブラッシュアップしてまとめ上げ、皆さんにお示ししたい」とフィールドワークを締め括った。
nestのメンバーは現在、鋭意、「エプソンへの提言」レポートを製作中で、社会課題の解決に向け、さらなる「見て・聞いて・体験する」場を求めて活動の輪を広げていく。