• 細田 悦弘
  • コラム
  • 公開日:2019.10.21
  • 最終更新日: 2025.03.02
第5回 広報のためのサステナブル・ブランディング入門(5)

細田 悦弘  (ほそだ・えつひろ)

新しいけど懐かしい、懐かしいけど新しい…。ホテルオークラは先月、新しく「The Okura Tokyo」として開業しました。生まれ変わったホテルオークラですが、あの名物ロビーの懐かしさも再現されています。ここに、ブランド戦略の真髄である「変革と継承」のエッセンスが垣間見られます。

新しいけど懐かしい、懐かしいけど新しい

日本のホテル御三家の一角である「ホテルオークラ東京」の本館が閉館して4年。建替え工事が完了し、9月12日に「The Okura Tokyo(ジ・オークラ・トーキョー)」として新たなスタートを切りました。伝統と格式を兼ね備えた日本を代表するホテルだけに、どのような変貌を遂げたのか注目が集まりました。

The Okura Tokyoで特徴的なのは、高層棟の「オークラ プレステージタワー」と、中層棟の「オークラ ヘリテージウイング」の2棟で構成されていることです。「オークラ プレステージ」ブランドはすでに海外を中心に展開されていますが、「オークラ ヘリテージ」は今回新たに創設されたホテルオークラグループのトップブランドとなります。ブランドの価値観は、その国の文化や歴史的遺産を継承した重厚感と気品に満ちたラグジュアリーホテルブランドで、ホテルオークラの真髄を極めたおもてなしで、至福の時間(とき)を過ごしてもらうことだそうです。2つのブランドを同じ敷地で一体運営するケースは珍しく、オークラ ヘリテージ/オークラ プレステージという『Two Brand One Operation』のホテルということになります。ただし、「The Okura Tokyo」が最上位のアンブレラとなり、コーポレートブランドの位置づけといえます。「オークラ・ブランド」の威光は健在です。

ブランドは、顧客や社会のものでもある

旧本館は世界に通用する国産ホテルを目指し、1962年に開業しました。「なまこ壁」で城郭建築に見えるようにした独特の外観や、麻の葉紋様の木組み格子を用いた内装は日本の伝統美を表現し、和の様式と欧米のモダニズム建築を融合させた傑作とされました。海外VIP対応の実績も豊富で、80年代に米国の専門誌で世界のホテル第2位に選ばれたこともあります。とりわけ、オークラの象徴的なスペースである旧本館のメインロビーについては、取り壊し反対の声が上がるほど親しまれてきました。これは、まさに「ブランド」であるがゆえの象徴的な現象といえます。

「ブランド」は、企業だけのものではなく、顧客や社会のものでもあります。自社の定義ともいえる「ブランド・アイデンティティ(らしさ)」を定め、何を「約束」するのかを明確にして、それに寄せられる顧客や社会からの期待を理解し応え続けることで、ブランドは醸成されていきます。その結果、企業とステークホルダーとの間の長期的な揺るぎない精神的な関係(Bonding:絆)が構築されます。オークラ・ブランドは、半世紀以上の歳月によって培われた「信頼」と「愛着」の賜物なのです。

伝統の継承

そこで、The Okura Tokyoは伝統の継承を決意し、建て替えでは「伝統と革新」をテーマにしました。2015年の閉館後、ロビーの雰囲気を損ねないことを強く意識し、ロビーを調べ尽くしました。古き良きロビーの雰囲気を損ねないことを強く意識し、現在の建築基準を守りながら、当時のロビーを再現するのは容易ではなかったそうです。

新しいロビーでも旧本館で使用していた照明やテーブルセットを再利用。建築材にもこだわり、元の雰囲気を醸し出す

その努力の結晶として、新しくなったオークラ プレステージタワーには、あの名物ロビーが復元されました。館内に一歩足を踏み入れると、往年の本館に親しんだ人々は、伝統が見事に継承されたロビーの光景に感嘆します。切子玉形をモチーフにした「オークラ・ランターン(つり下げ式の照明)」や梅の花に見立てた「梅小鉢のテーブルと椅子」などが配されたノスタルジーを感じる空間が精密に再現されています。さまざまな目的を持った人々が行き交うロビーは、再現された木の壁とじゅうたんが音を吸収しています。かつての空間構成や照度・音響など様々な角度から精査され、その空気感までも含めて継承が図られています。

新築となれば、ピカピカなしつらえになったと予想しますが、そこにはどことなく懐かしさに抱かれるような雰囲気を醸し出しているのです。新しくなったどころか、まるで数十年前に遡ったような古き良き空間に造り上げられています。

2020年東京五輪・パラリンピックを前に、インバウンドの増加とともに外資系ホテルの参入が相次ぐ中、日本の老舗名門ホテルとしての「オークラらしさ」が競争優位となることでしょう。

ブランドに磨きをかける「サステナビリティ」 ~ ブランドは錆びる、ブランドは老ける

The Okura Tokyoは、オークラらしいサービスは追求するものの、バック部門はITで効率化されています。6大陸各都市の時を刻む、懐かしい世界時計もタッチパネル操作になったりもしています。そして、約1.3ヘクタールが緑地・庭園に充てられ、自然環境や周辺環境との調和・共生が図られています。

守るべきものは守り、変えるべきところは果敢に変える…。伝統とは『らしさ』を軸に革新を続けてきた歴史であり、革新とは伝統に裏打ちされた挑戦といえます。ブランド戦略の勘所は、「変革と継承」です。ブランドは、伝統をかたくなに守るだけでは錆びてしまいます。ブランドを老けさせないためにも、時代にふさわしく磨きあげ、精緻化(リファイン)することが重要です。「時代性」とは、時代の変化を捉え、それに応じることであり、今日の重要な価値観が「サステナビリティ」です。

「サステナブル・ブランディング」は、「ブランド」と「サステナビリティ」を融合させて競争優位を獲得する戦略メソッドです。

written by

細田 悦弘  (ほそだ・えつひろ)

公益社団法人 日本マーケティング協会 「サステナブル・ブランディング講座」 講師 一般社団法人日本能率協会 主任講師

1982年 中央大学法学部卒業後、キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン) 入社。営業からマーケティング部門を経て、宣伝部及びブランドマネジメントを担当後、CSR推進部長を経験。現在は、企業や教育・研修機関等での講演・講義と共に、企業ブランディングやサステナビリティ分野のコンサルティングに携わる。ブランドやサステナビリティに関する社内啓発活動や社内外でのセミナー講師の実績豊富。 聴き手の心に響く、楽しく奥深い「細田語録」を持ち味とし、理論や実践手法のわかりやすい解説・指導法に定評がある。 Sustainable Brands Japan(SB-J) コラムニスト、経営品質協議会認定セルフアセッサー、一般社団法人日本能率協会「新しい経営のあり方研究会」メンバー、土木学会「土木広報大賞」 選定委員。社内外のブランディング・CSR・サステナビリティのセミナー講師の実績多数。 ◎専門分野:サステナビリティ、ブランディング、コミュニケーション、メディア史 ◎著書 等: 「選ばれ続ける会社とは―サステナビリティ時代の企業ブランディング」(産業編集センター刊)、「企業ブランディングを実現するCSR」(産業編集センター刊)共著、公益社団法人日本監査役協会「月刊監査役」(2023年8月号) / 東洋経済・臨時増刊「CSR特集」(2008.2.20号)、一般社団法人日本能率協会「JMAマネジメント」(2013.10月号) / (2021.4月号)、環境会議「CSRコミュニケーション」(2010年秋号)、東洋経済・就職情報誌「GOTO」(2010年度版)、日経ブランディング(2006年12月号) 、 一般社団法人企業研究会「Business Research」(2019年7/8月号)、ウェブサイト「Sustainable Brands Japan」:連載コラム(2016.6~)など。

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