• 細田 悦弘
  • コラム
  • 公開日:2019.02.12
  • 最終更新日: 2025.03.02
第34回:新橋の居酒屋さんに学ぶ!経済価値と社会価値の両立
  • 細田 悦弘

サラリーマンの聖地・東京新橋にある、九州の郷土料理が自慢のとある居酒屋さんが注目されています。その訳は、九州から直送される新鮮な食材を使った美味しい料理はもちろんですが、もうひとつの魅力として、3,000冊以上といわれる「寄せ書きノート」が奇跡の出会いを生んでいることがあるそうです。

「奇跡の出会い」を生む居酒屋とは・・・

なぜ、そんなにリピーターになってしまうのか

1978年(昭和53年)創業から40有余年。新橋駅のほど近くに、上質な屋久杉を使用した重厚なカウンターのある落ち着いた日本風の居酒屋さんがあります。毎日九州から空輸される新鮮な素材にこだわり、九州出身者も絶賛の地元料理を堪能できる人気店です。

ところが一歩足を踏み入れると、所狭しと書庫のように並ぶ黒い背表紙のファイルが目に飛び込んできます。背表紙には国内の様々な「高校名」がきちんと印字されています。これこそが、高校の卒業生が思い出や近況を書き込む「高校よせがきノート」なのです。壁一面を埋め尽くすノートは、今や3,000冊を超えているそうです。

「高校よせがきノート」のイメージ

そもそものきっかけは、創業当時から毎日通い詰めていたという福岡出身の常連客から、「ノートでも作って、何か書き残しておきたい」との意向だったそうです。それが今から31年あまり前の1987年7月のこと。第一号は、その人の福岡の母校だったそうです。そこからクチコミでノートの存在が広まり、徐々に増え、今では47都道府県をはじめ、海外の高校までカバーするようになりました。

女将によれば、当初はお店以外の業務の負荷が大きく、ノートの存在を隠していたとのことです。そして500冊に達した時、スタッフ一同でやめようと決心しました。ところがそんな時、仕事がうまくいかずに田舎に帰ろうかと悩んでいた一人のお客さんが、「高校よせがきノート」を読んで、もう少し東京で頑張ろうとつぶやいたそうです。女将は、このノートが人の人生をここまで大きく左右する力があるのかと強く心を打たれ、今に至っているとのことです。それからは、お客様からの「ありがとう」という言葉に女将自身も励まされ、ここまで続けられたということです。

「高校よせがきノート」を見ることができるのは、その学校の卒業生限定です。出身高校のノートを目にしたお客さんは、新たな寄せ書きが増えていることを確認したくて、お店を繰り返し訪れるようになるそうです。リピーター率が高いことでも有名です。近頃の「家飲み」とのコスパ競争から超越し、ブルーオーシャンの域に達しています。家や他店では味わえない価値が、このお店にはあるわけです。

新しくノートを作るのには、3つのルール(掟)があります。もちろん、お客は喜んで従います。1つ目は、ノートを作り終えるまでは、お酒を飲まないこと。2つ目は、必ず名刺を貼り、正確な卒業した年を記し、在学した3年間の特筆すべきエピソードを書くこと。そして3つ目は、せっかく置いたノートなので、同窓生たちに一人でも多く書いてもらう方法を考えること。

女将さんは、「その高校のノートも楽しみで仕方ない」と言われるためにはどうした良いかといつも考えており、これから先も同窓生同志のつながりを深める努力を続けていくとのことです。

この居酒屋に飲みに来たことで、同じ高校出身の同窓生とつながりを持てるという別の楽しみをもたらした

経済価値と社会価値を同時に実現する

長らく企業は、「いかに利益を創出するか」という視点から経営の在り方が論じられてきました。しかしながら、近年では、地球環境や社会の持続性なしには、ビジネスは成り立たないことが自明となっています。そこで「事業によって社会課題を解決し、社会とともに発展する」という経営の視座が強く求められています。これは大企業だけではなく、規模の大小・業種業態に関わらず、すべての組織体に共通です。

この居酒屋さんは、見事に体現されています。少子高齢化や小家族化・核家族化の進展、ライフスタイル・価値観の多様化等により、コミュニティの一員としての意識が希薄化している今日、人と人との出会いをアレンジし、互いに支え合い、人々が生活するうえでの心の基盤に寄与しています。出身高校の寄せ書きノートに接したお客さんは、同窓の誰かの新しい書き込みが増えてないか確認したくて、繰り返し訪れるそうです。それが結果として、驚異のリピーター率を誇るお店として繁盛しています。まさに、経済価値と社会価値を両立させているといえましょう。

マーケティングの世界においても、これまで「CS(Customer Satisfaction):顧客満足」が叫ばれてきましたが、企業と社会の価値共創の時代を迎え、顧客満足を超えた新しいビジネス哲学やスタイルが志向されています。製品・サービスの機能的価値を提供するのはもとより、「社会にも良い」といった精神的価値も志向されるようになってきました。顧客満足においても、製品・サービスの高品質に加え、「人として満ち足りた気分になれる」という視点が、時代が求めるプレミアムな競争力となってきています。これが、HS(Human Satisfaction)、いわば「人間としての充足感」をもたらします。

Society 5.0の実現を目指す今日において、アナログ版SNSともいえる「高校よせがきノート」は、手書きのぬくもりとともに、ふれあいや絆など、人としての根源的な心の欲求を満たしてくれるといえましょう。この居酒屋さんは、美味しい料理・名酒やホスピタリティを提供するとともに、人と人との出会いやつながりも創り出しています。

まさに、このお店の持ち味を発揮することによって、経済価値と社会価値を同時に実現しており、「CSRブランディング」のセオリーにも適っています。

「CSRブランディング」とは、ビジネスと社会課題解決を両立させ、『らしさ』で競争優位を創り出す戦略メソッドなのです。

written by

細田 悦弘  (ほそだ・えつひろ)

公益社団法人 日本マーケティング協会 「サステナブル・ブランディング講座」 講師 一般社団法人日本能率協会 主任講師

1982年 中央大学法学部卒業後、キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン) 入社。営業からマーケティング部門を経て、宣伝部及びブランドマネジメントを担当後、CSR推進部長を経験。現在は、企業や教育・研修機関等での講演・講義と共に、企業ブランディングやサステナビリティ分野のコンサルティングに携わる。ブランドやサステナビリティに関する社内啓発活動や社内外でのセミナー講師の実績豊富。 聴き手の心に響く、楽しく奥深い「細田語録」を持ち味とし、理論や実践手法のわかりやすい解説・指導法に定評がある。 Sustainable Brands Japan(SB-J) コラムニスト、経営品質協議会認定セルフアセッサー、一般社団法人日本能率協会「新しい経営のあり方研究会」メンバー、土木学会「土木広報大賞」 選定委員。社内外のブランディング・CSR・サステナビリティのセミナー講師の実績多数。 ◎専門分野:サステナビリティ、ブランディング、コミュニケーション、メディア史 ◎著書 等: 「選ばれ続ける会社とは―サステナビリティ時代の企業ブランディング」(産業編集センター刊)、「企業ブランディングを実現するCSR」(産業編集センター刊)共著、公益社団法人日本監査役協会「月刊監査役」(2023年8月号) / 東洋経済・臨時増刊「CSR特集」(2008.2.20号)、一般社団法人日本能率協会「JMAマネジメント」(2013.10月号) / (2021.4月号)、環境会議「CSRコミュニケーション」(2010年秋号)、東洋経済・就職情報誌「GOTO」(2010年度版)、日経ブランディング(2006年12月号) 、 一般社団法人企業研究会「Business Research」(2019年7/8月号)、ウェブサイト「Sustainable Brands Japan」:連載コラム(2016.6~)など。

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