
自然や生物から課題解決のための学びを得る「バイオミミクリー(生物模倣)」の取り組みが広がっている。「サステナブル・ブランド国際会議2025東京・丸の内」のプレナリーでは、バイオミミクリーの専門家と、この考え方を実際に製品開発に活かしている研究者が、その概念や事例を共有し、今後の課題と可能性について意見を交わした。
Day1 プレナリー ファシリテーター 東嗣了・一般社団法人バイオミミクリー・ジャパン 代表理事 / バイオミミクリー・スペシャリスト パネリスト シリカナイテ・サクルヨン・Sapience Founder / Chief Creative Director 酒井雅晴・デンソー サーマルシステム事業グループ 開発戦略室 熱要素技術開発統括担当次長 |
バイオミミクリーの3要素とは
パネリストのシリカナイテ・サクルヨン氏は、世界でも数少ない「バイオミミクリー・プロフェッショナル」の資格を持つ専門家だ。タイでバイオミミクリーを専門とするコンサルティング会社を経営している。
サクルヨン氏はまず、バイオミミクリーの定義を説明した。バイオミミクリーは「Bio(生命)」と「Mimicry(模倣)」を合わせた言葉で「生命の叡智を意識的に模倣すること」だという。同氏は、友人から借りてきたという鶏の骨格をデザインしたバッグを示し「自然は美しくて面白いから、それを真似てバッグを作ろう……これはバイオミミクリーではありません」と笑い、バイオミミクリーはそうした表面的な模倣ではなく、機能や戦略などに着目した、より深い探求を指すと強調した。

同氏はさらに、バイオミミクリーの要素として①模倣(Emulation)、②倫理(Ethos)、③つながりを取り戻すこと((Re)connection)の3つを挙げ、ファシリテーターの東嗣了氏も「模倣という言葉は少し固いが、生命の知恵や機能を深いレベルで学ばせていただくことがバイオミミクリー」と補足した。
続いてサクルヨン氏は、実際のバイオミミクリーの事例を次々に挙げた。その1つが、蝶の羽をヒントにした塗料だ。蝶の羽の色は、色素ではなく表面の微細な構造によるものであるため、非常に長い年月、色あせない。その仕組みを真似ることで、安全で長持ちする塗料を作ることができるという。
東氏は、バイオミミクリーにおける「倫理(Ethos)」、つまり自然に対する在り方や態度の重要性を改めて指摘し、単に便利さを追求するための模倣ではなく、サステナビリティやリジェネレーションの文脈の中で注目されていることに触れた。その理由について東氏が問いかけると、サクルヨン氏は「生命は、生命が繁栄できる条件を作り出す。つまり、自然界と同じやり方をすれば、害を生むことはない」と答えた。自然界は38億年かけて研究開発をしてきたと言うことができ、「生き残るための秘訣」であふれているのだという。
フクロウに学んで低騒音を実現
もう1人のパネリストは、自動車部品メーカーのデンソーで、カーエアコンなどに使われる技術の開発に従事する酒井雅晴氏だ。モビリティ分野では自動化や電動化といった変革が進んでおり、車載機器も変化している一方で、高機能化や小型化に伴う発熱の増加に対応する「熱マネジメント」が課題だという。

酒井氏は、例として「キャビン(人が乗る部分)をもっと広く静かにする」というテーマを挙げる。これを実現するためには、冷却モジュールを薄く静かにすることが必要だが、薄さと騒音の少なさはトレードオフの関係にあるという。冷却用のファンを薄くすると、風量が低下するため、十分な冷却効果が得られない。しかし、これを解決するために羽根の枚数を増やすと、空気の渦が発生して騒音につながってしまうのだ。
この難題を解決する糸口となったのが、フクロウだ。フクロウは小動物を捕食するため、騒音を立てずにすばやく小動物に近づく必要がある。フクロウの身体の表面は柔毛に覆われていることに加え、羽根にはセレーションと呼ばれる、のこぎりの歯のような形状が備わっている。これらの構造が空気の渦を弱めて騒音を軽減しているのだ。酒井氏は、フクロウの羽根のセレーション構造を模倣することで、冷却ファンの薄型化と騒音低減を両立させることに成功したという。
バイオミミクリーの意義と可能性
続いて東氏は「リジェネレーションやブレイクスルーの実現に向けて、バイオミミクリーはどんな役割を担うのか」と2人に問いかけた。この問いに対し酒井氏は「バイオミミクリーは、壁を突破するためのヒントを与えてくれるもの」、サクルヨン氏は「この惑星に住み続けたいのであれば、避けては通れないもの」と答えた。
さらにサクルヨン氏は「バイオミミクリーの3つの要素を兼ね備えた事例は少ない」とし、「バイオミミクリーは、単なるイノベーションになってしまうと影響力は限定的。パラダイムとして取り入れなければ効果は薄れる」と注意を促した。東氏も「単に模倣するだけでは、経済成長を生み出すための道具になってしまう」と呼応し「自然に対する在り方や、自然とつながっていくという要素がバイオミミクリーにおいては重要」と強調した。

東氏は、最後の質問として「どうしたらバイオミミクリーがもっと広がっていくか」と投げかけた。サクルヨン氏は「バイオミミクリーはあらゆる分野に応用できる」と断言する。人間が直面する課題は、自然がこれまで何らかの形で直面したことがあると言えるため、自然から謙虚に学ぶ姿勢が重要だと語った。
酒井氏は「技術者は、形と機能の間にある現象を分析して理解し、応用し、性能が上がることにやりがいを感じがちだが、それだけではいけない」と指摘する。「それが再生可能な社会にどのように役立つのか、いろいろな人との対話の中で見ないといけない。深く掘る人と、横につなげて広げていく人とが協力し合う姿勢を持ち、自然のシステムをみんなで目指すことが大事」と語った。
東氏は、バイオミミクリーを1つの切り口として、研究者、企業、自治体、地域住民など、あらゆる人とつながっているという。「ここにいる皆さんとつながりながら、再生可能な社会を一緒に作っていきたい」と呼びかけてセッションを締めくくった。
茂木 澄花 (もぎ・すみか)
フリーランス翻訳者(英⇔日)、ライター。 ビジネスとサステナビリティ分野が専門で、ビジネス文書やウェブ記事、出版物などの翻訳やその周辺業務を手掛ける。