
金属・鉱業分野の持続可能な発展を目指している国際金属・鉱業評議会(ICMM)はこのほど、生物多様性の保全・回復を促進するための新たなガイダンス(手引き)を発表した。(翻訳・編集=小松はるか)
ガイダンスは、金属・鉱業企業がネイチャーポジティブな(自然を再興する)未来に向けて取り組む中、事業活動における生物多様性のノー・ネット・ロス(純損失をなくすこと)を達成し、その状態を持続することと、生物多様性のネット・ゲイン(純増)に向けた取り組みを支援することを目的としている。WWFの『生きている地球レポート2024』によると、対象の野生生物種の個体群を分析した「生きている地球指数」は1970年から2020年の間に平均73%減少している。その主な原因は、気候変動、森林破壊、生息地の喪失、狩猟、乱獲、さらに食品生産や資源消費型産業が環境に与える負の影響だ。
世界経済は、健全な生態系が提供する生態系サービスに依存している。生命の維持に不可欠な生態系サービスには清潔な水への確実なアクセス、侵食防止、洪水の制御、炭素隔離などが含まれる。採掘作業は生物多様性の価値が高い地域で行われることが多く、また歴史的にも環境の劣化の要因となってきた。したがって、自然を保護・保全することは単なる責任ではなくビジネスにとって必須だ。
『生物多様性のノー・ネット・ロスをなくし、ネット・ゲインを達成するためのグッド・プラクティス・ガイド』では、企業が基礎評価を確立し、ミティゲーション・ヒエラルキー(負の影響を緩和するための手順)を取り入れ、さらにノー・ネット・ロスやネット・ゲイン、目標の達成に向けた進捗を透明性のある形で開示するのに役立つ7段階プロセスについて説明している。このプロセスは、プロジェクト設計、採掘場の閉鎖後、生産に至るまで、採掘に関わるライフサイクルの各段階に応用できるものだ。
ガイダンスは、こうした手法の実装を業界全体に拡大し、加速させるために、現場の実践者や、持続可能性・生物多様性の戦略を監督する企業の専門職向けに作られた。さらに最近の研究によると、気候変動や水・食料の不安、健康リスク、生物多様性の損失などの最も差し迫った地球規模の脅威には相関性があり、住みやすい未来を実現するために必要な進歩を遂げるにはそれらに同時に取り組む必要があるという。
自然や生物多様性の損失は、人々のウェルビーイングや生計、さらに生態系や世界経済に深刻なリスクをもたらす。しかし、自然資本会計の採用の浸透が遅れているため、多くの産業は自然が受けている被害の重大さを理解できずにいるのが現状だ。
2022年に開かれた国連の生物多様性条約締約国会議(COP15)はこの問題に焦点を当てていた。さらに、その結果として採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組みや、多くの新たなツール、枠組み、市場メカニズムは、多くの企業や政府が2030年までに生物多様性の損失を止め、回復の軌道に乗せ、2050年までにネイチャーポジティブな世界を目指すために果たすべき役割を見極めるために行動するよう促した。しかしながら、協調的な取り組みはいまだに進んでおらず、断片的なままで、意義のある進展も見られていない。
鉱業はそもそも生物多様性を破壊し、損失するリスクを伴う事業だ。2023年には、過去の採掘によって引き起こされた環境破壊を回復させ、採掘地の生物多様性や生息地の再生を支援するために、アップルとメジュリ、リオ・ティントの3社が「リジェネラティブな(環境再生型の)再採掘のためのイニシアチブ」を設立したものの、業界全体が参加しているわけではない。
ICMMの会員には20社以上の世界最大手の鉱業会社が含まれ、同組織は世界の金属・鉱業産業の3分の1を代表する規模だ。ICMMは、金属・鉱業事業において生物多様性を保全・回復することが産業を持続させる上でも、昆明・モントリオール生物多様性枠組みで述べられている生物多様性の損失を止め、回復させるという国際目標に貢献する上でも、重要だと捉えている。「しかし、私たちはさらに先へ行かなければなりません」と、ICMMの環境担当ディレクターであるヘイリー・ジップ氏は強く主張する。
「ネイチャーポジティブな未来を構築するには、マルチステークホルダーによる協業やイノベーション、アカウンタビリティ(説明責任)が必要です。だからこそ、ICMMのメンバー企業は事業活動に関わるバリューチェーンや自然環境、システム全体を通して、自然に配慮した行動をとることを公約しています。私たちは、業界に所属する企業と、重要な土地を管理するほかの産業の企業が率先して、すべての人の利益のために自然を保全・回復するよう取り組む役割を担うことを強く求めます」
ICMMのガイダンスは、再生、修復、ノー・ネット・ロス戦略に関して会員企業が数十年にわたり経験し、得てきた教訓に基づいている。ガイダンスは、実例と国際的な知見を統合することによって、金属・鉱業企業が規模や成熟度、所在地に関わらず、生物多様性を脅かすことなく操業できるよう支援するものだ。ガイダンスが目指すのは、会員企業がICMMの「自然に関する意見表明報告書」に記されている公約を達成できるよう支援することだ。この意見表明報告書は、国連の生物多様性条約締約国会議(COP15)に沿って、産業界や市民社会、先住民族、金融界のリーダーらによりつくられている。生物多様性に影響をおよぼす4つの分野(直接操業、バリューチェーン、ランドスケープ、システム転換)におけるネイチャーポジティブな未来に貢献するという共同誓約でもある。
意見表明報告書に記されている公約の一つでは、既存のすべての採掘事業に関して、2020年もしくはそれ以前を基準として、事業が終了するまでに生物多様性のノー・ネット・ロスやネット・ゲインを達成することを求めている。さらに新規事業や大規模な事業拡張については、それぞれ事業の開始前と拡張前を基準とすることを定めている。
ICMMの代表兼最高運営責任者のローヒテッシュ・ドワン氏は、「ノー・ネット・ロスやネット・ゲインを達成することは終着点ではありません。あくまでも、それは自然とのリジェネラティブな関係を構築するための道しるべです」と語り、こう呼びかけている。
「会員企業と、そのほかの金属・鉱業産業の企業が、自然に対する取り組みを深化させていくためのツールとして今回のガイダンスを活用することを推奨します。一緒になって、責任ある採掘は実現可能で、レジリエントで公正な未来を実現する上で極めて重要だということを示していきましょう」