![]() Image: Albrecht Fietz
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気候変動の抑制を促す土地ベースの緩和策は従来、森林再生、植林、バイオ燃料用作物の栽培だと思われてきた。だが、これらは必ずしも等しく生物多様性にプラスであるわけではないことが、米サイエンス誌の最新研究で明らかになった。生物多様性にもっとも有効な対策は実は「森林の再生」であり、この方策こそが生き物に生息地を与え、気候変動の抑制にもつながるという。(翻訳・編集=遠藤康子)
世界全体が気候変動対策に乗り出す中、国家による炭素排出削減計画の一環として重要性を増しつつあるのが、森林再生や植林、バイオ燃料用作物の栽培といった土地ベースの大規模戦略だ。しかし、自然資本である炭素吸収力を向上させようという善意の戦略は、生物多様性に予期せぬ悪影響をもたらす恐れがあることが、科学ジャーナル『サイエンス』で発表された画期的な最新研究で明らかになった。全般的に見て、自然に最も有益なのは「森林再生」だという。
この研究論文を執筆したのは、米自然保護団体ネイチャー・コンサーバンシー、生態環境の保護と復元に取り組む米ニューヨーク植物園のCenter for Conservation and Restoration Ecology、プリンストン大学の進化生態学部ならびにハイメドウズ環境研究所(HMEI)の科学者で構成された研究チームだ。彼らは同論文で、政策立案者と環境保護当局は最も効果的な気候変動緩和策を評価する際、生物多様性が被る影響を十分に検討すべきだと主張している。「気候変動への取り組みが加速する今、樹木で炭素を土壌に固定する土地ベースの緩和戦略(LBMS)を展開する際は、生物多様性を意図せず危機にさらさないよう配慮することが急務である」
健全な生物多様性と住みやすい気候が切っても切り離せない関係であることが広く知られるようになり、気候変動に向けた全体的アクションプランを策定する上では、広域を対象にした土地ベースの緩和戦略を実行することが一層求められている。そうした戦略の中で最も一般的なのが、従来の生育地に森林を回復させる「森林再生」、サバンナや草原に樹木を植える「植林」、再生可能エネルギーとなるスイッチグラスなどの作物を育てる「バイオ燃料用作物の栽培」だ。こうした土地ベースの戦略は多種多様かつ複雑な形で種に作用するため、これまでは生物多様性に及ぼす影響を予測することが困難だった。
今回の最新研究は、森林再生、植林、バイオ燃料用作物の栽培という3つの世界的な気候変動緩和策が生物多様性に及ぼし得るインパクトを評価した初の試みだ。プリンストン大学HMEIの博士課程後(ポスドク)研究員ジェフリー・スミス博士率いる研究チームは、これらの緩和策がマウス以下の小型動物からヘラジカ以上の大型動物に至る大小1万4000種に与えるインパクトをモデル化した。
オーストリアからジンバブエまで世界中の国々が、こうした手法を導入して気候変動目標の達成を目指すと明言している。しかし、ニューヨーク植物園の学芸員補で、プリンストン大学のHMEIならびに進化生態学部のポスドク研究員エブリン・ビューリー博士はこう指摘する。「土地ベースの緩和戦略を展開する場合は、場所によって気候や生物多様性への影響がまちまちです。土地ベースの解決策を導入すれば副次的効果として生物多様性の危機が和らぐと決めてかかってはいけないことを、今回の研究が示しています」
最も多くモデル化されている種の生息地が森林であったため、かつての森林地帯で樹木生育を促進することには平均してプラスの効果があった。これに対し、バイオ燃料用作物の栽培の場合は平均してマイナスに作用した。森林再生は多くの脊椎動物に恩恵をもたらす可能性がある。しかし今回の研究では、非森林地帯の大半では植林したりバイオ燃料用作物を栽培したりせず、何もしないほうが生物多様性には好ましいことが示された。
森林再生がもたらす恩恵
プリンストン大学進化生態学部のジョナサン・レビン教授、ネイチャー・コンサーバンシーの上級森林再生科学者スーザン・クックパットン博士を含む同研究チームによると、森林再生は多くの種に2つの恩恵をもたらす。1つは局地的なもので生息地が拡大し、もう1つは世界的なもので気候変動が緩和されるという。
これに対し、バイオ燃料用作物の単一栽培と、自然のサバンナや草地の森林化はどちらも、既存の植物群系とその内部の生態系を一切考慮せず植生を拡大するという指示的な手法であり、さほど好ましい成果は得られない。いずれも気候変動対策と生物多様性への脅威軽減を推進するかもしれないが、貴重な生息地を破壊することにもなる。多様な生き物が生息する草地をバイオ燃料用作物の栽培地に転用すれば、ライチョウからヘラジカに至る種に多大な害が及ぶだろう。広大な大草原に樹木を植えて森林に変えれば、ダチョウやライオンといったサバンナを象徴する動物たちが減ってしまう。今回の最新研究は、植林やバイオ燃料用作物の栽培が原因で生息地が減少するというデメリットの方が、世界的な気候変動の緩和促進で生物多様性が得られるメリットを大きく上回ることを明らかにしている。
生態学者はかねてから、こうした土地ベースの緩和措置の中には野生動物の生息地減少を招くものがあるのではないかと疑問を呈していた。潜在的なインパクトを定量的に評価したという点では、今回の研究が初めてである。
「生物多様性にとって、森林再生が『ウィンウィン』の解決策であることは一目瞭然です」。そう話すのは、侵入植物などを専門とする生態学者で生物地理学者のビューリー博士だ。「失われた森林を再生すれば、生き物に生息地を与えるだけでなく、気候変動インパクトを軽減することにもなります」
気候変動への取り組みである土地ベースの緩和策には、生物多様性の喪失を食い止める効果もあるに違いないと広く考えられてきた。しかし、気候変動を抑制すれば、デメリットを差し引いても世界の生物多様性にプラスの効果があるはずだと思い込んでいると、生息地の改変というはるかに大きな局地的インパクトを見落とすことになってしまう――。今回の最新研究はそう警告している。従って、土地ベースの緩和策プロジェクトを実施する際には地元の知識を取り入れ、生物多様性に与え得る影響を的確に予測し、生物多様性の危機を不用意に悪化させないよう配慮することが不可欠だ。