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  • 公開日:2025.03.03
  • 最終更新日: 2025.03.27
「小さな命」が教えてくれる戦争の悲惨さと平和の尊さ――映画『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』

松島 香織 (まつしま・かおり)

救援先で犬に餌を与えるトム。爆撃音に驚いて逃げ出す犬もいる ©BREAKING THE CHAINS

2022年から始まったロシアによるウクライナ侵攻は、今年2月24日で3年となった。戦争が長期化し多くの人命が失われている中、人と一緒に暮らしている動物たちの命も奪われている。『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』は、侵攻が始まって約1ヶ月後にウクライナへと向かい、その後3年間にわたって現地を取材したドキュメンタリーだ。カメラが捉えるのは、戦時下で動物の命を救おうと奮闘する人々の姿であり、動物を通して改めて戦争の悲惨さと平和の尊さを訴えている。(松島香織)

監督の山田あかね氏は、東日本大震災で置き去りにされた動物を保護する人々を取材したことをきっかけに、犬をテーマにした映画作りに携わるようになった。山田監督はロシアによるウクライナ侵攻が始まった直後に、「戦場にいる犬たちの現実を伝えなければ」という強い覚悟のもと、ウクライナに向かう。そして、出会ったのが、動物保護団体「フボスタタ・バンダ」代表のオレーナ・コレンスヌコヴァとアナスタシア・オニコヴァだった。招かれた首都キーウ近郊の自宅のドアには、銃弾の跡がくっきりと残っており、避難した後、自宅は一時的にロシア軍に占拠されていたという。彼女たちはまだ20代。侵攻前は客室乗務員などの仕事に就き、休日には大好きな犬の世話をするボランティアをしていた。

フボスタタ・バンダのオレーナ(左)とアナスタシア ©『犬と戦争』製作委員会

作品の冒頭に、施設で保護された犬たちが、折り重なって餓死している衝撃的な映像が流れる。恐らく彼女たちがスマートフォンで撮影したものであろう。涙声で一匹ずつ名前を呼び、檻(おり)のなかでたたずんでいる犬に向かって「生きていてくれて、ありがとう」と声をかけていた。

一体、何が起きたのか――?
戦争が始まり、保護施設の近くにはロシア軍が駐留。職員が施設に行くことができず放置したため、収容していた約半分に相当する222匹を餓死させてしまったのだ。しかし、施設のボランティアをしていたオレーナとアナスタシアは、「檻を開放していれば外で雨水などを飲むことができ、もっと多くの命が救えた」と主張する。そして彼女たちは、戦時中にも関わらずデモを展開し、所長の責任を追及した。映画ではその所長にも取材しており、所長は「ロシア軍に威嚇射撃をされながら、職員が餌をまいてきた」と、その状況ではどうしようもなかったことを釈明している。

山田あかね監督(2月22日、新宿ピカデリー上映後のトークイベントにて)

インタビューに応じた山田監督は、この悲劇について、「戦争の悲惨さというのは、ミサイルが落ちたり撃たれたり、そういう分かりやすい被害だけじゃない。ここでは誰も犬を殺すことを意図していなかったのに、多くの命が失われてしまった。こういう分かりにくい部分も戦争」だと話した。そして「今回の事件から学んだオレーナたちが、再び動物たちが閉じ込められたり置き去りにされないように、責任感の強いレスキューになっていったことがすごい」と称賛する。

戦時中でも諦めることなく、理不尽だと思ったことをきちんと正して、自分たちでできることをもっとやっていこうと、変わっていくオレーナやアナスタシアたち。その姿に感銘を受けた監督は、取材の合間に、日本で飼い主のいない犬や猫の医療費支援をする団体「ハナコプロジェクト」を俳優の石田ゆり子氏と創設している。

次に監督が出会ったのは、「BREAKING THE CHAINS」代表のトムだ。イラクやアフガニスタンに従軍するイギリス軍兵士だったトムは、戦地での過酷な体験からPTSDを患ってしまう。しかし、保護犬と暮らすようになってから笑顔を取り戻すことができた。それをきっかけに動物救助隊を設立し、ウクライナで救助活動を展開。同団体のセンターでは、負傷した兵士に向けてドッグセラピーも開いている。

映画では、トムがまだ地雷が残っている瓦礫(がれき)の中から、生まれたばかりの4匹の子犬を救い出す場面がある。思わず、祈るような気持ちでスクリーンを見つめてしまうが、トムの手のひらに乗せられ1匹ずつ助けられた子犬は、丸々としていてとても愛らしく、生命の温かさが伝わってくるようだ。こうした危険な場所でも、自分が訓練されている人間だから動物を助け出せるのだとトムは説明し、「動物を救うことは人間を救うことになる」と話す。

このトムの言葉について山田監督は、「全くその通りだと思う。動物を救うことは同時に自分が救われているという2つの面があり、トムの場合は犬を救う行為が彼自身を支えているのだと思います」という。

戦死者の数だけ旗が掲げられている独立広場 ©『犬と戦争』製作委員会
ロシア軍に攻撃された小児科病院 ©『犬と戦争』製作委員会

また、映画ではあまり描かれていないが、監督がウクライナから電車でポーランドの国境まで移動した時に、車両では犬を連れている人を多く見かけて驚いたという。しかし、ウクライナでは犬を連れて乗車するのは当たり前で、この時、犬や猫がいた車両は人気だったそうだ。不安を抱えながら電車で約30時間かけて逃げて来た多くの人が、犬や猫に触ったり、電車が止まった時に外に出て散歩させたりしているうちに、笑顔になっていった。

そうした光景を見てきた山田監督は、「戦争で気持ちが荒んでしまった時でも、犬や猫が走り回り、ご飯があれば喜んで飛び跳ねたり、そうした生き物の美しさを見ることができると、笑顔になったり絶望的な気持ちが救われる人は多いはず」と確信を込めて話した。

映画のラストで山田監督は、フボスタタ・バンダのメンバーと共に、戦争でダムが決壊しほとんど水没しているウクライナ南部の村に向かった。対岸にはロシア軍が構えている非常に危険な場所だ。カメラはそんな地域で「逃げられない」住民と、荒れた家のベッドの下で鳴いていた子犬、庭で鎖につながれたまま置き去りにされた犬を映し出す。

本作は「有事では人の命が優先。犬や猫の話なんて」という無言の圧力に対し、「いつ動物の命の話をしていいのか?」という疑問を突きつけ、平和であることの大切さを記録した作品だ。「まず戦争の悲惨さを見るよりも前に、人のやさしさを見た」と、世界各国から集まった、避難民へのきめ細やかな支援の手に感動したという山田監督。しかし戦争が長引くにつれその支援は先細り、閑散とした3年目の避難所の様子は、見ている側を困惑させる。現在、各国が停戦に向けて動き出しているが、それぞれの国の利益にこだわらず、一刻も早い停戦を望む。

『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』(配給スターサンズ)は、2月21日より全国公開中。現在、山田監督は、クラウドファンディングでウクライナの犬や猫の救援活動の支援を呼びかけている (支援募集は3月31日午後11時まで)。
ウクライナ侵攻から3年――。いまだ続く戦地の犬猫救援活動にご支援を
https://readyfor.jp/projects/UA_animal

『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』
https://inu-sensou.jp/

written by

松島 香織 (まつしま・かおり)

サステナブルブランド・ジャパン デスク 記者、編集担当。

アパレルメーカー(販売企画)、建設コンサルタント(河川事業)、自動車メーカー(CSR部署)、精密機器メーカー(IR/広報部署)等を経て、現職。

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