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ドイツの自治体ではアーカイブの設置は権利であり、義務である。地域の文化や歴史を保存し、市民がその価値を身近に感じられるようにする重要な基盤だ。また持続可能性の戦略上、大切な役割もある。筆者が住む人口約12万人の地方都市、エアランゲン市の市営アーカイブを見ながら考えてみたい。
■歴史を公共資源にする市営アーカイブ
自治体アーカイブは、地域の歴史に関する「第一次資料」を収集保存し、さらに整理・公開する役割を担っている。ここに収蔵された資料を通じて、町の生活の記憶と歴史が蓄積され、過去の出来事や実情を解明する材料となる。
エアランゲン市のアーカイブでは、過去の文書(一般・行政)、記録、メディア、絵図、パンフレット、出版物などが収蔵されており、行政文書や地域団体から寄贈された資料、さらには市民の遺品などが含まれる。そしてその書架が6キロメートルに及ぶ。同アーカイブは「古代または歴史的な物品の収集所」として1885年に設立され、今に至るまで地域の重要な文化施設として発展してきたのだ。
アーカイブは単なる資料の保管所ではない。市民がアクセスできる情報源として機能し、地域のアイデンティティーを形成する重要な要素となる。アーカイブを通じて、市民は自らの歴史を理解し、それに基づいて地域への愛着や誇りを育むことができる。つまり、歴史を公共資源とする機能がアーカイブにはある。
このようなアーカイブは決して派手な存在ではない。また大規模な事業を行うところでもない。それにもかかわらず、展覧会を通じてエアランゲンの歴史をあらゆる市民に訴えかけることができる。また地元の学校との連携もある。そして、アーカイブ側から市内ツアーなどを企画し、提案することもある。
エアランゲン市のアーカイブの書架と、前館長のアンドレアス・ヤコブ博士。最も古い文書は1389年のものだ
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今年の7月まで館長を務めていたアンドレアス・ヤコブ博士に至っては、町の「スター」的なアーキビストだ。在任中のみならず、定年退職後も、講演や地元紙での執筆活動を通じて、市民が自分たちの歴史に触れる機会を作っている。
また、アーカイブは市内の郷土保護協会とも積極的に協力し、地域の歴史や文化遺産を保護・研究する活動が進められている。
■都市の独自性は歴史がつくる
町のアイデンティティーは地場産業や独自のイベント、風土、地域出身の著名人などが象徴になる。それ以外では伝統の芸能・行事・工芸、建造物および景観など歴史に関わるものが多く、地方の独自性のかなりの部分は歴史で表現されるといっても過言ではない。ドイツ語の話をすると、「歴史」という単語は「物語」という意味も持つ。つまり「町の物語」があってこそ、アイデンティティーがはっきりするということである。
例えば祭りは、地域のアイデンティティーを形成する重要な要素だ。どういう理由があって、いつから祭りは始まったのか? 今日に至るまで、どのような変遷があったのか? たとえ自分の生まれ故郷でなくとも、自分が住んでいる町へお客さんがやってくると、お祭りの起源など、知る限りの町の「物語」を語る経験のある諸氏はどこの国にもおられよう。
エアランゲンを見ると、ミュンヘンの「オクトーバーフェスト」よりも古い「ビール祭り」がある。古くから住む人から、住み始めて間もない人まで祭りに向かう。さらには、かつてエアランゲンにゆかりのあった人が戻ってきたり、遠くからやってくる友人やゲストを祭りに案内することもある。歴史ある祭りだからこそ、町に対する精神的近さを人々が感じる機会になっている。
そして市のアーカイブは祭りに関する資料の収集にもことさら力を入れており、定期的に出版物の発行も行っている。愛郷心とは「感情」に他ならない。そして歴史は「独自性」の背骨であり、アーカイブは自治体のインフラの一つだ。
■なぜ都市の歴史が持続可能性に必要なのか
持続可能性とは、経済、社会、環境のバランスを保ちながら、未来に向けて持続可能な発展を実現することである。前回の「ドイツ地方都市の隠れた強み・見えない基盤の力」でも触れたように、このバランスを支えるためには、町の文化・価値観・アイデンティティーが重要で、アーカイブはこれを形成する装置だ。
まず、アーカイブは都市の歴史的連続性を確保する。過去から現在、そして未来へと続く都市の文化的な流れを保存することで、都市の独自性や個性が長期的に維持される。これは、都市のアイデンティティーの形成と強化にも直接的に寄与する。
例えばエアランゲン市は過去にフランスからの宗教難民を引き受けた歴史がある。この事実から「オープンであることは都市の伝統である」というモットーを導き出し、今日の多文化共生や難民支援の根拠の一つになっている。
またデモクラシーという観点から言うと、行政文書も残るので、自治体の統治における透明性と説明責任を確保する役割も果たしている。他にも学術研究や教育活動の重要な資源としても機能し、都市の知的発展に寄与する。このように、アーカイブは都市の持続可能な発展戦略において、目に見えにくいが極めて重要な基盤的役割を果たしている。
「地域の独自性」と言えば、マーケティング手法で地方を強調したイベントやキャラクターもある程度必要だ。しかし、これらは“筋トレ”で得られる「派手で見栄えのする筋肉」であり、それに対してアーカイブは「地味だが安定した姿勢を保つインナーマッスル」なのだ。
最後に、今回の視点から日本を見ると、議論すべきことが2点ある。まずは、日本は「アーカイブ後進国」という指摘があることだ※。言い換えると地域インフラの一つが欠如しているということになる。
もう一点はシビックプライドという、英国発祥の概念を市政に取り入れているのが散見されることだ。ドイツでも「ハイマート(郷土)」という言い方があるが、いずれも「地域の誇り」という感情を表す。しかしドイツも英国も、これらの概念はそれぞれの政治や社会の歴史的文脈の中で発生変遷し、今日に至る。「シビックプライド」とカタカナの方がよく見えるかもしれないが、日本の「郷土愛」「愛郷心」「地元愛」といった言葉を整理し、自治体のあり方を考える政治や社会の用語として練っていくべきだと思う。
※倉山満(2021). 『救国のアーカイブ 公文書管理が日本を救う』ワニブックス

高松 平藏 (たかまつ・へいぞう)
ドイツ在住ジャーナリスト
ドイツの地方都市エアランゲン市(バイエルン州)および周辺地域で定点観測的な取材を行い、日独の生活習慣や社会システムの比較をベースに地域社会のビジョンを探るような視点で執筆している。日本の大学や自治体などでの講義・講演活動も多い。またエアランゲン市内での研修プログラムを主宰している。 著書に『ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか―質を高めるメカニズム』(学芸出版)をはじめ、スポーツで都市社会がどのように作られていくかに着目した「ドイツの学校には なぜ 『部活』 がないのか―非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房)など多数。 高松平藏のウェブサイト「インターローカルジャーナル」