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早ければ来年にも公海の生物多様性を保全する包括的条約が初めて発効する。世界的に期待されているこの国連公海条約の発効には60カ国の批准が必要だ。条約を実行するのに必要な体制や工程を決める会議が、6月24〜26日にかけてニューヨークの国連本部で開催されるのを前に、海洋生態系の保全に取り組む科学者らは英科学誌『ネイチャー』に論文を発表し、公海の生態系を守るために気候危機がもたらす特定の課題を考慮する重要性を強く主張している。(翻訳・編集=小松はるか)
どの国の司法権も及ばない国際水域・海底を指す「公海」は科学的にまだ全容が解明されていない。公海は世界の海の3分の2を占めており、地球上で最も生物多様性に富んでいる場所の一つで、クジラやサメ、マグロなどの種の回遊ルートや固有の深海生態系が存在する。しかしながら、完全に保護されている領域は公海のわずか1%に過ぎない。公海の保護は、30 by 30(サーティ・バイ・サーティ)を含む生物多様性条約のポスト2020生物多様性枠組をはじめとする、国際的なサステナビリティ目標を達成するのに必要不可欠だ。
米コンサベーション・インターナショナルやパートナー組織の執筆者らが『ネイチャー』で発表した「公海を守るために気候変動対策を考えよ(To save the high seas, plan for climate change)」は、国家の管轄権外区域における海洋生物多様性(BBNJ)に関する公海条約が、気候変動による海の変化をその実施枠組に組み込むための、またとない機会をどう提供するかについて概要を説明している。
各国政府が条約の発効に向けて準備を進めるなか、科学者らは考慮すべき重要な問いを提起する。その問いとは、公海上の海洋保護区(MPAs)を定め、施行するための最適な方法についてだ。とりわけ、海水温の上昇、海流の変化、食物網の変化によって、生息域や回遊パターンが変わる回遊性生物の保護区のことである。
「気候変動に直面するなかで公海の生物多様性保全に取り組むことは、進行中のチェスの試合のようです」とコンサベーション・インターナショナルのムーア科学センターに所属する、気候変動生物学の研究主幹で主執筆者のリー・ハンナ博士は言う。
「クジラから魚に至るまで、あらゆる海洋生物が温度上昇した海域をたどって移動を続けています。気候変動によるところが大きい海の大変動は、公海条約によって対策を打つことができます。だからこそ公海条約の早急な批准が非常に重要なのです」と話す。
批准国が気候変動による生物種への影響に効果的に対処するために、取るべき3つの重要なステップ
1 回遊する海洋生物を保護するために、漁業管理組織やその他の公海に携わる組織と連携する
2 公海や国家の管轄区域を横断する保全活動ネットワークの戦略的計画をまとめる
3 気候変動に対応した海洋生態系の動態や、海洋生物種の活動をつくりだすための科学的な能力を、管轄区域を越えて共有・構築する
論文は、こうした一つ一つのステップが、長距離を回遊する生物種を含めた現在の生息域から、すぐ移動する可能性のある生物種の海洋保護区の境界を、どう定めるのかという重要な問いに答えるのに役立つとしている。
ハンナ博士は「私たちは2つの時間軸を考慮していく必要があります。公海に生息する生物種が現在どのように生存しているのか、さらに気候変動が深刻化するなかで今から数十年にわたってどのように生き延びるのかということです」と話す。
「そして当然のことですが、公海を管理する国というものが存在せず国際社会全体の取り組みであるということが、状況をなおさら複雑にしています。しかし、だからこそ、いま計画を立て始めることが非常に大切なのです。そうすることで、私たちは条約が発効して実施の準備が整うまでに、明確なロードマップを持つことができるのです」
現在、ベリーズ、チリ、モーリシャス、ミクロネシア、モナコ、パラオ、セーシェルの7カ国が公海条約を批准しており、90カ国が署名して批准する意向を示している。2011年に設立され50以上のNGOが参加する公海同盟は、2025年6月に仏ニースで開かれる第3回国連海洋会議までに、少なくとも60カ国の批准を確保しようとキャンペーンを展開している。
「気候危機や生物多様性危機への対策に成功するかどうかは、絶えず変化する環境にどう適応するかにかかっています」と話すのは公海同盟を率いるレベッカ・ハバード氏だ。
「各国が2024年6月に集結して条約実施のための工程を決めるなか、私たちは海洋保護の効果的な対策を織り込み、世界の海洋の3分の2を上回る水域への気候変動による影響に、先手を打つ重要なチャンスを手にしているのです」
論文の共著者には、コンサベーション・インターナショナル、バードライフ・インターナショナル、オーシャンズ・ノースなど公海同盟に参加する組織のほかに、ブルー・ネイチャー・アライアンス、カリフォルニア大学サンタバーバラ校、カナダ漁業海洋省、カナダ・ダルハウジー大学、カナダ環境・気候変動省、ドイツ自然保護庁、スウェーデン海洋水管理庁の科学者らが名を連ねる。
共著者の一人であり、慈善団体オーシャン・ノースで保全・プロジェクトを担当するスザンナ・フラー氏は「気候変動に脆弱(ぜいじゃく)な多くの海洋生物が存在することを私たちは知っています。そうした生物種が分布を変えるなか、それらを保護する計画は生物多様性を保全するという約束を達成する上で重要になるでしょう」と語る。
「こうした生物種の多くはすでに最適な場所にいます。しかし、新たな脅威を管理しながら、公海条約のもとで考えられた手段を含む新たな手段を実装するためには、科学者や統治組織による協調的な努力が必要になってくると思います」