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  • 公開日:2023.05.02
  • 最終更新日: 2025.03.28
「生物多様性世界枠組」に日本企業はどう取り組むべきか(2)

足立 直樹 (あだち・なおき)

足立直樹

生物多様性条約のCOP15で採択された「昆明・モントリオール生物多様性世界枠組(GBF)」は、前回説明したように(「生物多様性世界枠組」に日本企業はどう取り組むべきか(1))、企業活動にもさまざまな影響を与えます。もっと言えば、企業はネイチャーポジティブという世界目標を達成するために貢献を求められており、具体的には原材料について生態系を破壊しない持続可能なものに切り替えたり、土地を開発する際にも影響を最小限にとどめたり、場合によってはオフセットも必要になるかもしれません。

そうしたことに加え、企業にとってGBFの行動目標の中で大きく注目すべきものがもう一つあります。それは行動目標15で、企業が生物多様性に関係するリスク、生物多様性への依存と影響を定期的にモニタリングし、それを評価し、開示するよう、各国は国内法を整備したり、政策を実施することを求めるというものです。特に大企業、多国籍企業、金融機関に対しては、自社の事業についてだけでなく、サプライチェーンやバリューチェーン、あるいはポートフォリオをカバーする形で実施することを求めることが目標となっており、企業もその準備が必要となります。

情報開示と事前の分析が欠かせない時代に

実はこれについては、欧州を中心にかなりの数の企業や企業グループから、「情報開示を義務化するように」という声まで上がりました。しかし、日本などいくつかの国が反対したため、義務化には至りませんでした。なぜ欧州の企業は自らを縛ることになるのに、義務化を求めたのでしょうか?

それは第一には、欧州では既にそうした情報開示が実質的に義務になりつつあるからです。ご存知の方も多いと思いますが、欧州では今年1月に「企業サステナビリティ報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive=CSRD)」が発効しました。EU域内のすべての大企業と上場企業、そしてEUでの売上高の大きいEU域外の企業は、欧州サステナビリティ報告基準(European Sustainability Reporting Standards=ESRS)に基づいて​​生物多様性を含むサステナビリティについての情報開示が義務化されるのです。したがって自分たちだけではなく、世界中の企業が同様の情報開示の義務を負うことが公正な競争のために必要だと考えるのでしょう。

それ以外にも、生物多様性の危機的な状況を考えれば、世界中の企業が真剣に対応していかなくては、結局はすべての企業、経済、そして社会が存続できなくなるという強い危機感をもっている企業も少なくありません。そういう意識の企業は既に自主的なさまざまな行動を行っています。そうした企業が他社との差別化を図るために、情報開示の義務化を求めたものとも考えられます。

あるいはもしかすると、まだ行動をしていない企業に気づきをもたらすことを期待している場合もあるかもしれません。実際、リスクにお構いなしにこれまでどおりのやり方を続けている企業も多いのですが、そうした企業であっても、情報開示のために事業と生物多様性の関係性を分析すれば、自社の事業のどのプロセスにどのぐらい大きな負荷やリスクがあるのかを知ることになるでしょう。それがわかれば、そこを優先して取り組めばいいわけですから、業務プロセスの改善を行い、事業を持続可能にすることもしやすくなります。生物多様性については何をしたら良いのかわからないという企業の声をよく聞きますが、情報開示を求めることによって分析を促せば、結果的に取り組みの促進にもつながるのです。

こうしたさまざまな理由から情報開示の義務化を求めた企業も少なくなかったのですが、残念ながらCOP15では「義務化」までは合意できませんでした。それでもバリューチェーン全体やポートフォリオについてモニタリングと情報開示を進めることが目標になったことは、大きな意味を持つと考えられます。

現在TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の生物多様性版とも言われるTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の策定が進められており、企業の間で関心が高まっていることはご存知の通りです。TNFDは完全にボランタリーな枠組みではあるのですが、今回の行動目標15により、情報開示を進めることについては国際的な合意がなされました。それに役立つ枠組みとして、TNFDの重要性はさらに高まることでしょう。ちなみにTNFDは企業活動の生物多様性への影響だけでなく、そのことが企業財務へどう影響するかまでを含んだより広範の情報開示のための枠組みです。しかし逆に言えば、TNFDに沿った情報開示の準備をしておけば、GBFが求める情報開示が国の政策となっても、困ることはないでしょう。

このようにGBF、CSRD、そしてTNFDによって、生物多様性に関する情報開示は今後間違いなく加速し、おそらくは義務的なものに近づいていくでしょう。自分たちのリスクを管理するために、投資家や取引先などの外部のステークホルダーからの評価を高めるために、情報開示とそれに先立つ分析を積極的に行うことが重要になるのは間違いありません。

そして実際に分析を進めればわかるのですが、多くの企業においてホットスポットはサプライチェーン上の原材料調達のプロセスや、土地利用ということになるはずです。したがって前回の(1)ではそれを先取りして、そうした点についての取り組みが必要になるとお伝えしたのです。

GBFでお金の流れが変わる

さて、GBFの目玉をもう一つ挙げるとしたら、それはお金の流れを強く意識していることです。そのためにGBFは、企業に大きく二つのことを求めています。まず一つは持続可能な消費と生産のパターンが広がるように、消費者に必要な情報を提供することです。つまり投資家に対しては詳細な情報開示を、そして消費者に対してわかりやすい情報提供を行うことが期待されるわけです。そのことによって生物多様性や生態系への影響が小さな製品やサービスが選択されるようになれば、そうした配慮を行う企業にとっては大きなメリットとなります。

またこれ以外にも、企業が生物多様性のために直接投資することも推奨しています。社会貢献や寄付ということではなく、あくまで投資であり、リターンが期待できるところにお金を流すということです。具体的に言えば、GBFはこれ以上自然を減らさないようするだけでなく、自然を今より増やすネイチャーポジティブを長期的な目標に掲げましたが、その目標達成につながるようなネイチャーポジティブなビジネスや経済を作ろうというのです。

具体的にどのようなビジネスが有望になるかはまだこれから検討や試行が繰り返されることになりますが、そこに大きなお金の流れを作ろうとしていることは間違いありません。たとえば有機農業で作られた原材料を使って製品を作ることは、生物多様性への影響が小さくて済むので、生物多様性の保全につながるビジネスと言えます。そしてそのことを消費者により良い選択肢として示すことで、企業自身もリターンを得やすくなります。こうした好循環を進め、生物多様性への投資と生物多様性の再生が進むことをGBFは目指しているのです。

日本の政策は果たして変わっていくのか?

このようにGBFによって、企業は情報開示を促したり、またそのことも通じて原材料調達や土地の利用の仕方、さらには商品設計や販売方法、消費者に提供する商品そのものについても大きく変えていくことが求められます。もちろん生物多様性条約が直接企業に要求することはできないのですが、締約国が自国の国内制度を整え、そのことによって企業は変化を求められるのです。

日本について言えば、政府はGBFの成立を受けて生物多様性国家戦略を改定しました。3月31日に閣議決定されたこの新しい国家戦略は、GBFを強く意識しており、2030年のネイチャーポジティブの実現のために5つの基本戦略と、そのそれぞれに状態目標と行動目標を設定しています。そしてこの国家戦略が今後個別の法令や政策に反映されることになりますので、日本国内においても、すでにGBFに沿った形で政策が動き始めたと言ってよいでしょう。

国家戦略は例えば、気候変動に対する取り組みなどにも自然の力を使う、いわゆる自然に基づく解決方法(NbS; Nature based Solutions)を積極的に行うことや、気候変動対策のためであっても、生物多様性や生態系に対して有害なものであってはいけないとしています。また、農林水産業を持続可能にすることや地域づくりにおいても生物多様性の保全との両立やシナジーを進めるとしています。

生物多様性が、生物を保護・保全するだけの時代は終わりました。企業も、社会貢献として生物多様性の保全に関わるだけでは不十分です。生物多様性は企業活動を支える「自然資本」であると認識し、さらにはネイチャーポジティブ経済の実現のために大きく舵を切ることが求められているのです。

written by

足立 直樹 (あだち・なおき)

サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー 株式会社レスポンスアビリティ代表取締役

一般社団法人企業と生物多様性イニシアティブ理事・事務局長。東京大学・同大学院で生態学を学び、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア国立森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、独立。2006年にレスポンスアビリティを設立し現在に至る。2008年からは企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)事務局長も兼務。

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