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令和型人事部モデルとは
これまで、平成型人事部がなぜ機能できたのか、そして令和型人事部モデルへのシフトの必要性を説明した。今回はいよいよ令和型人事部モデルの詳細について説明したい。
セールスフォース・ドットコムでは、人事部門のことを「エンプロイー・サクセス(Employee Success・社員の成功)部門」と呼ぶ。企業の目的は「カスタマー・サクセス」だが、それを支えているのは社員であり、その社員の成功を支援するのが人事部門のゴールだという意味がこめられている。
これから詳細を紐解く令和型人事部モデルの特徴を先に示しておくと、この個人の成功、自己実現のアプローチが新たに、かつ明確に加わっているのだ。
これまでの平成型人事部モデルの要素はそのままに、それぞれの機能の高度化を図りながら縦軸として維持・集約し、新たに自己実現へのアプローチが横軸として加わった格好である。例えば、これまでの人事部組織が100人で業務を回していた前提であれば、テクノロジーも活用しながら50人で業務を高度化させ、残りの50人で新規に横軸の機能における業務を構築していくのだ。
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![]() 出典:経済産業政策局産業人材政策室 人材マネジメントの在り方に関する課題意識 資料
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令和型人事部モデルの狙いは、組織と個人の成長を支える「Holonic Management(ホロニック・マネジメント)」にある。つまり個と全体の有機的調和型の、新しい人事部モデルとして仕組み化することである。
Sales Enablement(セールス・イネーブルメント)という考え方がある。営業活動に関するすべての取り組みをトータルに設計し、取り組みに対する成果を数値で測定することを指す。 営業マンの採用・育成・研修、アプローチから受注までの商談のプロセス設計、営業ツールの開発といったことを、それぞれ、人事部、営業部、情報システム部と縦割りで個別に担当し改善していくのではなく、統合的に見てもっとも効果的なプランニングを行うということだ。
それを人事に当てはめ、HR Enablementとして考えると、以下のようになる。
例えば、パーパス・マネジメントとしての理念浸透施策などは経営企画が担い、また心理的安全性を高めるような施策は総務部が担い、SDGs視点はCSR部門が担うというように縦割りを個別に実施するのではなく、組織と個人がサステナブルに成長し、その成長の矛先が持続的社会構築へと繋がる総合的なプランニングを行えるということになる。
令和型人事部モデルが目指すもの
たびたび述べているように人事の役割は「組織」と「個人」 で最高のパフォーマンスを発揮することであり、サステナブルな「組織」と「個人」の成長を促すための共通の開発目標がHR版SDGsである。社会や組織の発展に向けた「ソーシャル&コーポレート・ウェルビーイング」と、社会・組織で働くすべての人々の「ヒューマン・ウェルビーンク」と整理してもいいのかもしれない。
価値創造の源泉が「個」であることは自明だが、現代の組織は「個」の価値を最大化させる仕組みが十分に機能しているとは言い難い点がある。働く人々が働くことで喜びを感じ、仕事と暮らしを両立し、人生の生き甲斐を実感できる「働き方」を実現すれば、その結果として、その組織を織り成す一人ひとりの「個の総力」が企業価値を高めることになる。その両立構造を創り出すことが令和型人事部モデルの狙いだ。
そのように総合的にプランニングを行えていれば、組織はエンゲージメントが高まっている状態となる。エンゲージメントとは高めるものではなく、自然と高まる状態をいかに作り出すかの「仕組み」が重要だと私は考えている。その仕組みが整っている状態とは、定義すれば「個々人が得々と組織のPhilosophy(フィロソフィ・理念)を自分の言葉で語り、そのPhilosophyに基づき自社のサービスを創っている状態」である。
そのような状態では組織に自分自身が存在する必然性が生まれる。必然性のもとで個人が組織に対して、他で代替できない価値を提供することができる。個人も幸せになり、組織も、社会もよくなるという好循環が生まれるのだ。
令和型人事部モデルとHR版SDGs
令和型人事部モデルを実装する上で、第1回で説明したHR’s SDGsの要素は必要不可欠だ。
そのため、HR’s SDGs のアセスメントを今、次世代型人事部モデル策定プロジェクトメンバーのなかで議論している。追って一般公開し、事例を集め分析し、令和型人事部モデルへの移行を促していきたいと考えている。
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令和型人事部モデルの構成要素
令和型人事部モデルの構成要素を説明していきたい。
個人の自己実現上の「承認欲求」と、組織のビジネスプランを達成する上で本人に与えられた「役割」と、その「評価」をどうリンクさせるかが、令和型人事部モデルの肝となる。
横軸となる個人としての承認・組織としての評価の先にある、自己実現・自己超越という段階にいかにもっていけるか。そこに到達させるためには、やはり、マズローの欲求5段階説にもある安心・安全、そして、社会・組織とのつながりという貢献意欲を総合プランニングとして整備することが必須だ。
例えば、安心・安全のファンクションであれば、心理的安全性をどのように高めていくかということがキーになるだろう。そのなかで、アドラーのアンガーマネジメントを取り入れるということもあるだろうし、あるいは温故知新で運動会などの企画も考えられるかもしれない。
そして、社会・組織との貢献意欲については、パーパス・マネジメントの考え方をベースに従来のCSR部門で行っていた業務と組み合わせ、まさに現在どの企業も取り組んでいるようにSDGsと自社の事業との結びつきを確認するなど、自社のフィロソフィー(経営理念・哲学)がどのように現在進行形の事業活動に寄与しているのかを明確にすることが必要だ。そのように社員の理解から共感、そして実行へと仕組みを浸透させていかなくてはならない。
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繰り返しになるが「個々人が得々と組織のPhilosophy(理念)を自分の言葉で語り、その Philosophy(理念)に基づき、自社のサービスを創っている状態」が作り出せていれば、組織に自分自身が存在する必然性が生まれ、個人が他には代替できない価値を提供できるようになり、個人も組織も社会も良くなっていく。
個人の自己実現・自己超越の目指すべき先と、組織における評価が一致すれば、同時に社会を良くして事業活動上の事業計画も達成させるものであると考える。
また人材発掘という機能では、私は社員による紹介に基づく「リファラル採用」は有効的であると考えている。自社の会社を知り合いに紹介できる状態とは、エンゲージメントが高い状態であるとも考えられる。そして、採用市場はもっと透明性をもって、オープンになるべきである。採用マーケットは学生側の売り手市場、企業側の買い手市場とその年々の景気や市況に需給のバランスが左右される。過剰な内定者取り込みなど、時にはバランスが崩れることがあるが、常にお互いの関係をオープンかつフェアにしていくことがこれからますます重要になるだろう。
人材を発掘し、人材を配置するという機能の本質は今後、フリーランスの活用や一度退職した社員のカムバック採用、エイジレスにシニア世代に活躍の場を与えることなども含めて、いかに組織と個人のパフォーマンスを最大化できるかに焦点が当たるだろう。そのパフォーマンス最大化の総合プランニングが自社内でされているのであれば、このVUCA時代にあって、扉はオープンであるほうが社会に必要とされ続ける組織となる可能性が高いのである。
ひとつの事例を通じて、説明をしてみたい。
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「どうすれば現代の桜木花道(スラムダンク)をつくれるか」を考えるのが人事の役割
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【組織視点】タレントマネジメントフロー
組織開発アプローチにおけるファンクションの役割は、まずはそういった人材を発掘するところからスタートすること。
【個人視点】エンゲージメントフロー
個人の自己実現アプローチにおけるファンクションの役割は、安心安全・つながり(貢献意欲)の欲求を満たした上で、湘北高校(組織)として主人公・花道に「リバウンドをとる」というチームとしての役割、つまり承認欲求プロセスを付与することである。
個人としての承認欲求と組織としての評価をリンクさせたところが肝であり、それが花道をさらなる自己実現、自己超越へと導いたのである。
ここでのポイントは、いくら、個人の承認欲求を満たしても、それが組織上の役割における評価とリンクしていなければ、組織と個人の本当の意味での融合・相乗効果は生まれないという点である。
そして、最も大切なのは、いわゆる主人公・花道のようなスパイク人材を発掘する(アプローチ)役割と、安心安全な環境を整備し、本人の貢献意欲までを結び付けたフローをひけたことが、チームをさらに強くさせていった要素だということだ。「スラムダンク」では、その後、花道の他にも個性を活かしたチームマネジメントがされている。
今回は、令和型人事部モデルの構成要素について説明した。次回は「人生100年時代のシニア雇用、活性化」というテーマに焦点を当て、現役世代の人事部のシフトと同時に行うべきシニア雇用の活性化の在り方について考えたい。

西村 英丈(にしむら・ひでたけ)
One HR共同代表、一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアム理事、一般社団法人シニアism.理事、一般社団法人インタープレナー協会代表理事
東京理科大学卒業後、約70ヶ国/地域で事業展開をするグローバルカンパニーへ入社。アジアリージョン統括人事(シンガポール駐在)として5年にわたり、新興国市場の人材マネジメントを推進。HR版SDGsを策定し、次世代人事部モデルとしてメディアにも取り上げられる。そのほか、定年退職後のライフスタイル構築を応援する(一社)シニアism.を立ち上げ、HR分野のデータ活用の推進をする(一社)HRテクノロジーコンソーシアム理事、インタープレナー研究会プロジェクト代表に就任し、現在に至る。その他、(一社)日本バングラデシュ協会理事、東京ビエンナーレのエリアディレクターなども務めてきており自身としてもインタープレナーとして活躍中。 著書に『トップ企業の人材育成力』(さくら舎・共著)、『弁護士・社労士・人事担当者による 労働条件不利益変更の判断と実務ー新しい働き方への対応ー』(新日本法規・共著)がある他、数多くの登壇、執筆実績がある。