これにより上海で予定していたファッションショーが中止になり、ネット上では、同社に対する批判が燎原の火のごとく広がり、不買運動も起きました。同社は売上高の3割近くを中国に依存しているとみられ、経営的にも大きな打撃を受けました。
この「事件」を見て、3つのことを考えさせられました。まず、「どんな人気ブランドでも一つ間違えば批判が起こり、不買運動につながる可能性がある」ことです。
あのナイキに対しても、日本ではあまり知られていませんが、大きな不買運動が起きました。1990年代後半、同社が製造を委託していた東南アジアの工場で児童労働が蔓延しているとNGOが告発し、それに同調した米国や欧州の市民がプラカードを掲げてデモを繰り広げました。
90年代のナイキは独自のクッション技術「AIR」で人気を集め、グローバル規模で大きく成長していた時期でした。
せっかく消費者から高い評価を集めたブランドでも、一つの事件でそのブランド価値が大きく棄損されるのです。さらには、その経済的ダメージは予測がつきません。信頼を取り戻すためには、長い月日が掛かります。
二つ目の問題は、このような不買運動が日本でも起きるか、です。「日本人はおとなしいので不買運動のような過激な行動はしない」とよく言われます。
ただ、日本でも同様にSNSが普及しているとともに、特にミレニアル世代(1980~94年生まれ)やZ世代(1995年生まれ以降)は、こうした人種差別や社会的不正義に対して、上の世代より敏感であることを感じます。これは環境や貧困などの問題においても同じです。
SNSでは、こうした社会的不正義に対する憤りの書き込みをよく見かけますが、その多くは正論であり、「怒りを通じた共感」がネット上で広がるのです。特に企業の管理職や経営者の世代は、若い人たちのこうした価値観を理解しておかないと、思わぬ経営リスクを背負うことになりかねません。
そして、日本では確かに大掛かりな不買運動こそないものの、その商品は買わない、その店には行かないという「静かな不買運動」は、いろいろな所で起きていると想像します。ブラック企業と名指しされた会社の売上高が急減し、窮地に追い込まれた例もあります。
三つ目は、これら市民や消費者からの反発を防ぐためには、企業のCSRやサステナビリティ担当者の視点が重要ということです。CSR担当者は、企業のフロントラインとして市民やNGO/NPOと接点を持ちます。
こうした経験を生かして、広告やマーケティングの最終チェックの時に、CSRやサステナビリティ担当者に見てもらうのも一手です。
今年の「脱・使い捨てプラスチック問題」に象徴されるように、企業を取り巻く社会環境は今、大きく変化しています。CSRやサステナビリティ担当者は、その変化をいち早く察知し、社内で共有する存在になってほしいと願っています。

森 摂(もり・せつ)
株式会社オルタナ代表取締役社長・編集長。
東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。訳書に、パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードの経営論「社員をサーフィンに行かせよう」(東洋経済新報社、2007年)がある。一般社団法人CSR経営者フォーラム代表理事。特定非営利活動法人在外ジャーナリスト協会理事長。