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「誰も置き去りにしない」「ディーセントワーク」(SDGsのキーワード)からほど遠い日本の実態が、障害者雇用水増し問題において象徴的に示されました。
連載第7回(SDGsの核心)において紹介したように、差別や排除を克服して、皆が幸せになれる社会の実現が、国連の持続可能な開発目標(SDGs)において目指されていくはずでした。
その理想の実現に不可欠なのが、ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)の考え方と制度形成です。
今回は、社会的に弱い立場の人々が排除されない仕組みづくりがサステナブル社会への道である点について考えます。すなわち、障害を持つ人々も多様な個性の一人の人間のあり方として認め合う社会、皆が生きがいをもって働ける企業の姿が求められているのです。
日本の未来の姿としては、がむしゃらに背伸びするのではなく、高齢者や多種多様な人々が暮らしやすい成熟社会を実現というパラダイムチェンジが求められています。そのためには、障害を持つ人をメルクマール(指標)として考えてみると理解しやすいと思います。
SR(社会的責任)・倫理意識の希薄化
現代日本は、いまだ古いパラダイム(競争・成長重視)に呪縛されているようです。
そのような考えの延長線上で、矛盾や問題を直視せずに、隠したり粉飾することが各界で横行しているようです。一流企業の品質・検査データの改ざんや不正融資問題をはじめとして、労働現場でも過労死やパワハラ問題などが深刻化しています。
最近、気になるデータとしては、仕事が原因で精神障害となる労災認定者数が過去最多の506件となったことです(平成29年度「過労死等の労災補償状況」厚生労働省、2018年7月6日公表)。どうも弱いところに多くのしわ寄せと矛盾が集中しているように見えます。
そして隠ぺいや虚偽として、行政においても公文書の改ざんや廃棄が多発しており、さらに今回の障害者雇用水増し問題が広範囲で発覚したのでした。
どうもその根底には、数値目標だけが独り歩きして実体が伴わない、そして内実なく表面上だけが装われる社会的風潮があるようです。この点は、CSR時代からSDGs時代に入った今日、あらためて厳しく問われそうです。
表向き(建前)と本音(内実)の乖離の象徴的な例として、社会的に弱い立場への無配慮とくに障害者をめぐる問題が出現しているかに見えます。
最近起きた悲惨な事件、相模原障害者施設殺傷事件が示したように、日本社会の根底には根深い差別(利己的)意識が深部で渦巻いているようです。それは、他面では学校でのいじめ事件の増加やパワハラ問題、ヘイトスピーチ問題にも通じる傾向としてとらえられます。
第7回で指摘したように、世界人権宣言(1948年)から各種差別の解消と権利条約の実現のなかで、障害者権利条約(2008年発効)が成立しました。そうした人権配慮の流れを受けて、日本でも障害者差別解消法ができて(2016年施行)、関係法制の整備から障害者雇用の義務が強化されました。
障害者の雇用と活躍の場づくり
その流れで、障害者雇用納付金制度の改正があり(2018年4月)、一般事業主は雇用労働数100人を超える企業では障害者雇用率を2.2%と定めました。
それを満たせない場合、不足分の障害者数1人につき月額4~5万円の納付を義務付けています(ペナルティー)。他方、2.2%を超える障害者雇用に対しては、1人当たり月額2万7千円が企業に支給され優遇されます。
国や地方公共団体では障害者雇用率は、2.5%と定めていたのですが、なんと中央省庁では半分以上の数値水増しが行われており、しかもペナルティーがない状態でした。
人権をめぐっての国際的な枠組みが進展する動きに歩調を合わせるべく、形式的な制度設計をしての綻びが露呈したと言っていいでしょう。
しかし、方向性としては障害者雇用の拡大と充実は必要不可欠な対応です。
最近の厚生労働省の推計では、体や心などに障害がある人の数は年々増加しており全人口に占める割合は約7.4%(5年前より2割増)です(2018年4月公表)。
高齢者層での増加が顕著なのですが、若年層でも増えています。障害への理解が進んだことで認定数が増えた側面もあるようですが、およそ1割近い人達を社会の側から排除しない仕事や場づくりの対応が求められているのです。
ここで気になるのが諸外国での動きです。
歴史的、制度的な背景が異なりますので、安易な比較は難しいのですが、とくに雇用における社会的配慮については、多様な努力と制度形成を進めています。そこでは、競争経済や経済成長主義とは一線を画して、社会全体として相互扶助的な仕組み(利他的意識)を企業や事業体において実現する動きととらえられます。
そうした事例として注目したいのが、第3回(社会的経済フォーラム)、第8回(より良い社会形成、ベトナム)、第12・13回(社会的企業・社会的経済、韓国)においてもふれた新潮流の動きです。社会的な相互扶助領域を、従来の市場競争的な経済領域に一定の条件を付与して育成ないし接続していく展開です。
ソーシャルファーム、社会的企業・協同組合、農福連携
その点で注目したいのは、欧州のソーシャルファームの動きです。
それは1970 年代にイタリアで生まれ、障害者や労働市場で不利な立場にある人(ホームレス、シングルマザー、元薬物中毒者、刑余者等)に働く場を提供する取り組みで、欧州全域で多様な展開を見せています。
法制度としては、イタリア(1991 年制定)、ギリシャ(1999年)、ドイツ(2000年)、リトアニア・フィンランド(2004年)、ポーランド(2006年)と続きます。
同様の取り組みでは、英国では社会的企業、NPO、協同組合、コミュニティ企業などの育成を図る仕組みが展開しており、似た動きとして韓国の社会的起業育成法(2007年)と協同組合基本法(2014年)の制定があります(12・13回参照)。
詳細は別の機会に譲るとして、大まかには、イタリア型では比較的手厚い政府支援の下で展開しているのに対して、英国型は事業収益を含む各種ビジネス的展開が重視されており、韓国は折衷型としての動きととらえられます。
いずれの場合も、事業展開には経験の共有や資金支援など中間サポート団体による協力や下支えが重要な役割を果たしています。
日本でも、2008年にソーシャルファームジャパン(※注1)が発足していますが、制度的な支援体制は不十分です。
実践的には、「共働学舎」(北海道新得町)、「エコミラ江東」(東京都江東区)、「ハートinハートなんぐん市場」(愛媛県愛南町)など好事例があり、協同組合による取り組みや(ワーカーズコープ※注2、共同連※注3)、最近は農福連携(※注4)の取り組みなども活発に展開しています。
世界に先駆けて超高齢化社会に突入し、誰もが安心して暮らしやすい日本社会をどう構築するかが問われています。
その意味では、障害者や介護難民などを排除しない包摂する社会、各種ハンディキャップを抱える多様な人々が輝いて生きられる労働のあり方が求められているのです。そうした視点に立つならば、AI(人工知能)や各種技術革新を駆使した未来ビジョンとして、持続可能な福祉社会・日本が将来的に花開く可能性が期待できるのではないでしょうか。
※注1:http://socialfirms.jp/so-syaru-torokudantai.html
※注2:http://www.roukyou.gr.jp/
※注3:https://kyodoren.org/
※注4:http://noufuku.jp/

古沢 広祐(ふるさわ・こうゆう)
國學院大學経済学部(経済ネットワーキング学科)教授。 大阪大学理学部(生物学科)卒業。京都大学大学院農学研究科博士課程(農林経済)研究指導認定、農学博士。
<研究分野・活動>:持続可能社会論、環境社会経済学、総合人間学。 地球環境問題に関連して永続可能な発展と社会経済的な転換について、生活様式(ライフスタイル)、持続可能な生産消費、世界の農業食料問題とグローバリゼーション、環境保全型有機農業、エコロジー運動、社会的経済・協同組合論、NGO・NPO論などについて研究。 著書に、『みんな幸せってどんな世界』ほんの木、『食べるってどんなこと?』平凡社、『地球文明ビジョン』日本放送出版協会、『共生時代の食と農』家の光協会など。 共著に『共存学1, 2, 3, 4』弘文堂、『共生社会Ⅰ、Ⅱ』農林統計協会、『ギガトン・ギャップ:気候変動と国際交渉』オルタナ、『持続可能な生活をデザインする』明石書店など。 (特活)「環境・持続社会」研究センター(JACSES)代表理事。(特活)日本国際ボランティアセンター(JVC)理事、市民セクター政策機構理事など。 http://www.econorium.jp/fur/kaleido.html https://www.facebook.com/koyu.furusawa