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インド、マイソール近郊の農村の小学生たち(筆者撮影2012年)
前回紹介したマルチ・スズキの事例を見ても分かるとおり、既にBOPビジネスは、もはやグローバル事業を展開している企業にとっては、特殊な戦略ではない。そして、BOPビジネスの推進を意図していないとしても、実態としてはその社会インパクトの大きさからBOPビジネスの成功例として賛美される状況に至っている。
こうした背景には、BOP市場の2つの大きな変化がある。一つ目は、「売上を生む市場」から「利益を生む市場」への変化である。以前は、BOP層の人口の多さから、BOP市場は多くの売上を生むが、薄利な市場だと理解されていた。
しかし、いまやBOP市場は「利益を生む市場」である。新興国の主要都市は、既に競争が過熱し、レッドオーシャンとなっている。流通においては、チャネル側の買い手圧力が強く、メーカーは値下げ競争やプロモーションコストの増大により、利益を生むのが難しい状況になっている。
他方で、BOP市場の流通拠点であるキオスクは、1カテゴリー1アイテムを原則としている。そのため、主要都市のような利益低下要因が存在せず、しかも固定客がいるため安定的な購買が期待できる。いまや新興国で事業を行う企業にとって、集客力があるトラディショナルトレード(伝統的取引)のチャネルを、いかに自社のバリューチェーンに取り込んでいくかが利益を確保するための重要な課題になっている。
二つ目は、「社会課題解決型製品を求める市場」から「成長実感ができる製品を求める市場」への変化である。5年から10年前は、BOP市場では社会課題解決のニーズが数多く存在するため、そのニーズに適した製品を開発する必要があると考えられてきた。
だが、そうした製品は、地域によっては貧しい人の象徴として認識されてしまい、口コミによる普及が期待できない状況になっている。それよりも、自分たちが成長していると実感できる製品、例えば中間層が使っている製品を普段節約してでも購入するという行動が、BOP層の中で急速に広まっている。従って、BOPビジネスの製品も、中間層とBOP層に共通する社会課題を解決する製品へと姿かたちを変えてきている。
新興国が急成長しているといわれ、10年以上が過ぎ、BOP市場も大幅に変化をしている。過去の情報をもとにBOP市場を特殊な市場だと考えていると、大きなビジネスチャンスを逃してしまうことになるだろう。
本コラムで取り上げたマルチ・スズキの他に、経営戦略の根幹にBOPビジネスを取り込んでいる事例として、良品計画があげられる。良品計画は、キルギスとケニアで、一村一品運動を通じて生まれた製品の品質改善支援を行うとともに、先進国にある店舗で販売している。
地方の中小企業であれば、会宝産業(石川県・金沢)が、静脈産業の拡大を目的とし、自動車リサイクルの仕組みを、ブラジルをはじめとする途上国へ輸出している。
ベンチャー企業であれば、フロムファーイースト(大阪市・中央)が、カンボジアで植林し、そこで得たオイル等を原材料として製造したオーガニック美容商材を日本で販売している。また、インドネシアでカカオ農家を支援し、調達したカカオ豆を用いたチョコレートを日本で製造・販売している京都のDari K(京都市・北)等が事例としてあげられる。
これらの事例については、拙著「BOPビジネス3.0」(英治出版)に詳しく記載してあるので、参照してほしい。
平本 督太郎(ひらもと・とくたろう)
一般社団法人BoP Global Network Japan代表理事 兼 SDGsビジネス・エグゼクティブ・プロデューサー。
金沢工業大学経営情報学科専任講師。2016年3月まで野村総合研究所(NRI)で、日本企業数十社とBOPビジネス、アフリカビジネスのフロンティア市場における事業創造・拡大などのコンサルティング業務に従事。2010年に経済産業省BOPビジネス支援センターの立ち上げ・支援を行い、2012年から同センターの運営協議会委員を務める。著書に『BoPビジネス3.0』(英治出版、2016年)。 一般社団法人BoP Global Network Japan:http://www.bopgnj.org/