![]() 20世紀型のグローバリゼーションは、あまりにも課題や問題点が多い Image credit:Arun Venkatesan
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昨年は英国のEU離脱、米国大統領選のトランプ氏当選など、グローバリゼーションとそれに対する反発の構図が大きく浮き彫りになったという意味で、歴史の転換点を感じさせた年でした。(オルタナ編集長=森 摂)
私が最初にその相克に触れたのは今から15年以上前、ロサンゼルス駐在時に通った、メキシコのマキラドーラ(保税特区)でした。サンディエゴからティファナへ国境を抜けると、日系メーカーのテレビや自動車部品の工場が乾いた丘の上に並び、米国向けの製品を盛んに生産していました。
当時、カリフォルニア州の最低賃金が時給8ドル。メキシコ側では日給8ドル。つまり人件費は8分の1以下でした。ティファナにはたくさんの人が集まる一方、貧富の格差も顕著で、治安は悪化し、犯罪も多発していました。サンディエゴとティファナは同じ気候のはずなのに、前者は緑にあふれ、後者は砂煙にまみれた町でした。
マキラドーラはメキシコを幸せにしているのだろうかーー。その答えになるかは分かりませんが、現地で乗ったタクシーの運転手の言葉が今でも忘れられません。「メキシコが幸せだったのは1950-60年代。今はダメだよ」
実は、米国の中間層にとっても1950-60年代の方が幸せだったようです。多くの工場は米国の中にあり、たくさんの雇用が生み出されていました。米国から多くの工場が海外移転すると、雇用の主体は第2次産業から第3次産業に変わりました。金融で稼げるような人はわずかで、多くは賃金が安いサービス業に移りました。
トマ・ピケティがつくった「米国の上位1%富裕層の所得が全体に占める割合(1913-2013)」を見ると、その推移は顕著です。米国で上位1%富裕層の所得シェアは、世界恐慌までは20%以上でしたが、その後、徐々に低下し、1950-80年は10%前後にまで下がったのです。これは所得の分配がうまく進んだことを意味します。
ところが、1985年ごろを境にこの数字が急上昇し、この数年は20%以上に再び増えてしまったのです。そのきっかけはレーガン大統領による「レーガノミックス」でした。
レーガン大統領は、英国のサッチャー首相と同様、規制緩和や国営企業の民営化を提唱した「新自由主義」の実践者でした。この考えは当時の中曽根政権(国鉄民営化など)、小泉政権(郵政民営化)や現在の安倍首相にも色濃く反映しています。
その新自由主義を世に唱えたのは、ノーベル経済学者のミルトン・フリードマン・シカゴ大学教授(当時)です。そして、フリードマン教授は「企業のゴールは利益を最大化し、株主に配当すること」と主張し、さらには「チャリティは自分の時間とお金を使って(会社とは関係なく)好きにやればよい」と指摘しました。
これが日本で若干の曲解を経て、「企業にCSRは必要ない。本業をしっかりやっていれば良い」と考える経営者が増えた原因なのです。
さて、グローバリゼーションの話に戻ると、英国のEU離脱やトランプ現象に象徴される通り、20世紀型のグローバリゼーションは、あまりにも課題や問題点が多く、所得の分配がうまく行かず、各国の中間層を蝕んできました。
これを解決しないと、もうグローバリゼーションは各国で受け入れてもらえないところまで来たと言っても過言ではありません。だから、グローバル企業はCSRの考え方を経営に組み込み、その「負のインパクト」を最小化する努力をしないと、自らの事業機会を失いかねないのです。
21世紀型のグローバリゼーションは、その存亡をかけて、さまざまな社会的課題を解決し、矛盾を排除していかなければなりません。それを突き付けたのが、英国のEU離脱とトランプ当選です。外国排斥や保護主義の動きはフランスやイタリアなど他の欧州諸国に飛び火しています。私たちはどう変わって行けるのか。2017年はそれが大きく問われる年になるのではないでしょうか。

森 摂(もり・せつ)
株式会社オルタナ代表取締役社長・編集長。
東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。訳書に、パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードの経営論「社員をサーフィンに行かせよう」(東洋経済新報社、2007年)がある。一般社団法人CSR経営者フォーラム代表理事。特定非営利活動法人在外ジャーナリスト協会理事長。