2017年1月に第45代大統領に就任するドナルド・トランプ氏は自己顕示欲が強く、破天荒な人物像が日本にも伝わっているが、それだけではない。今年、『THE TRUMP – 傷ついたアメリカ、最強の切り札』(ワニブックス)を翻訳した岩下慶一氏にその素顔を改めて寄稿してもらった。
![]() トランプ氏は「自分の信じることを口に出すことを恐れない」という
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ドナルド・トランプ、1946年ブルックリンの富裕な不動産開発業者の四男として誕生。父親のフレッド・トランプはクィーンズ地区では知られた人物で、精力的に賃貸物件を開発、一代で富を築き上げた。ある意味トランプ氏の原型とも言える。
裕福な家庭に育ったトランプ氏は、子供の頃は手のつけられないガキ大将だったらしい。しかし単なる金持ちのわがまま息子とはひと味もふた味も違う。
大学を卒業して間もない1970年代、ほとんど何のコネもないまま不動産の激戦区であるマンハッタンに進出、父親の援助があったにせよ、いくつもの巨大な取引をまとめ上げ、米国有数の開発業者になっていく。
トランプ氏が得意としたのは「再開発」だ。開発業者として駆け出しのころ、当時スラム化していたマンハッタンのグランドセントラル地区のホテルを再生、現在の「グランドハイアット」に作り変えた。現在、この地域はマンハッタンでも有数の高級街区になっている。
再開発のもう一つの代表例は、「ウォルマン・スケートリンク」の改修工事だ。ニューヨーク市が6年間かけても完成できなかった工事を引き継いだトランプ氏は、わずか4か月でそれを終わせた。
その他にも、行き詰った物件やプロジェクトをトランプ氏が引き継いで早期に終了させた例は多い。さびれ切っていたメイフェア・リージェントホテルを最高級のコンドミニアムに生まれ変わらせたのもその一つだ。
座礁した行政プロジェクトに介入し、問題点を見抜いて改善する能力の高さは多くの関係者が証言している。泥沼化したプロジェクトにどっぷりつかり、近視眼的になった当事者たちには見えない問題点を素早く見抜き、専門家には思いつけない解決案を出すのが得意なのだ。
自身のこうした再生能力は国政にも活かせるとトランプ氏自身は考えている。政治や外交の専門家たちとは違った視点で問題を観察し、思い切った改革を行うのに自分以上の適任者はいないとトランプ氏は語る。
これは確かにある程度の説得力がある。政治の仕組み上、企業や利益団体の意を汲まざるを得ない議員が多いワシントンで、誰のひも付きでもないトランプ氏は特異な存在だ。
何のしがらみもない立場で、日産自動車のてこ入れに大なたを振るったカルロス・ゴーン氏や、あるいはワンマン経営者として思い通りの経営をしたスティーブ・ジョブズ氏を連想させる。
問題は、不動産業界で培ったトランプ氏の見識が国際政治の舞台でどのくらい通用するかだ。日本ではメキシコとの国境の壁建設や、駐留米軍の費用負担問題が有名だが、それ以外にも過激な政策はいくつもある。米国国内問題を中心にいくつか紹介しよう。
「国内のエネルギーを開発しまくれ」―中東の産油国を敵視しているトランプ氏は、特にOPECが石油価格を自由に決めていることが我慢ならない。米国には国内需要をあと二百年賄える石油やシェールガスが存在する。「これを全部掘削しろ。自然破壊など気にするな。」
「法人税を引き下げ、海外に移転した米国企業を呼び戻せ」―法人税を15%にし、海外に移転してしまった法人を呼び戻す。逆に、米国から出ていく企業には罰則を科す。州によって異なるが、現在の法人税は約40%だからかなりの減額だ。
企業が課税を嫌って海外に移動した資産も米国に戻すよう奨励する。海外からのこうした送金は、一回に限り無税とする。これが実施されれば世界中に散らばっている莫大な米国資産が米ドルとなって国内に戻り、大量のドル買いが起こることは必至だ。これが現在のドル高円安の一つの要因になっている。
こうした施策が功を奏するかは、専門家の間でも意見が分かれている。実際、そうすんなりとはいかない気がするが、どれか一つでも実施されれば世界中の株式市場は乱高下するだろう。「再開発」のプロ、トランプ氏がワシントンをどこまで刷新できるか、世界は固唾を飲んで見守っている。
岩下 慶一(いわした・けいいち)
ジャーナリスト、翻訳家。ワシントン大学コミュニケーション学部修士課程修了。米国の文化・社会をテーマに執筆を行っている。翻訳書に『みんな集まれ!ネットワークが世界を動かす』『幸せになりたいなら幸福になろうとしてはいけない』(ともに筑摩書房)、『マインドフル・ワーク』(NHK出版)などがある。