• コラム
  • 公開日:2016.11.16
  • 最終更新日: 2025.03.02
環境の長期目標でトヨタ自動車の背中を押したNGO
    • 森 摂

    トップランナー企業はSBT(科学的根拠に基づいた温室効果ガスの削減目標)に参加している

    昨年10月14日、トヨタ自動車は環境の長期目標「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表した。「2050年までに新車平均走行時CO2排出量を90%削減」「ライフサイクル視点で、材料・部品・モノづくりを含めたトータルでのCO2排出ゼロ」「グローバル規模で工場CO2排出ゼロ」など意欲的な内容で、内外からの評価を一気に高めた。

    高い長期目標を掲げてチャレンジする手法は「バックキャスティング」と呼ばれる。スウェーデン軍隊に端を発するこの手法は、「未来起点」の発想と「有言実行型」が大きな特徴だ。

    一方、日本ではまだ「不言実行」「現状からの積み上げ型」を旨とする企業が多い。「できもしないことを外部に約束して、できなかったら恥だ」と考える経営者が多数だ。トヨタも例外なく、「不言実行」を良しとする社風だった。

    それがなぜ、一転して大胆な長期目標を打ち出したのか。その背後には、あるNGOの存在があった。

    そのNGOとは、WWF(世界自然保護基金)ジャパンだ。WWFインターナショナルは1961年の設立で、いまや世界最大規模の自然環境保護団体である。

    事の発端は、WWFジャパンが2015年2月に発表した「企業の温暖化対策ランキング」(輸送機器編)だった。このランキングは、各社のCSR/環境レポートを参考にして、各社の温暖化の取り組みを偏差値化した。

    その結果、トヨタは28社のうち4位に入ったものの、ライバルである日産自動車(1位)や本田技研工業(2位)の後塵を拝した。得点が伸びなかった最大の理由は「長期的なビジョン」を作っていなかったことだ。

    WWFジャパンはランキングの発表後、2週間ほどして、トヨタ自動車に「対話」の申し入れをする。同社はこれを受け入れ、WWFジャパンの自然保護室と、トヨタ自動車の環境部が対話を持つことになった。

    WWF側は1)長期的なビジョン、削減目標づくり 2)ライフサイクル全体での排出削減 3)再生可能エネルギーの活用、普及ーーの3点を掲げ、科学的知見を踏まえたトップダウン的な視点を持ち、取り組みを進めていくことが重要だとアドバイスした。

    それだけでなく、トヨタは2016年1月、「SBT」への参加を表明することになった。

    SBTとは「Science-based Target(科学的根拠に基づいた温室効果ガスの削減目標)」のことで、WWFのほか国連グローバル・コンパクト、CDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)、WRI(世界資源研究所)の4者が共同で提唱するイニシアティブのことだ。

    現在、世界でSBT参加の表明をした企業は193社。このうち日本企業はダイキン工業、野村総研、花王、大日本印刷、トヨタ自動車、日本ゼオン、コニカミノルタ、リコー、本田技研工業、キリン、横浜ゴム、電通など19社だ。

    日本勢19社のうち、「5-15年後の中期目標」をSBTに提出し、承認されたのはソニーと第一三共の2社だけだ。トヨタ自動車も2年以内に、SBTからの承認を目指す。

    WWFジャパン自然保護室の東梅貞義室長は「結果的に、WWFのランキングがトヨタさんの背中を押したのかもしれない。その後出てきた『トヨタ環境チャレンジ2050』は、当方で指摘した足りない分が見事にフォローされていた」と話す。

    残念ながら、SBTの取り組みは日本ではあまり知られておらず、参加も19社にとどまる。だが、上に掲げた日本の参加企業は、間違いなく日本の温暖化対策のトップ企業たちだ。

    数年前の日本では、「温暖化対策といっても、すでに日本企業は先行して相当の努力をしてきた。もう乾いた雑巾は絞れない」という言い回しが流行した。こうした言葉を公然と口にする経営者もいた。

    だが、昨年12月のパリ協定で、世界の枠組みは大きく変わった。「今世紀後半には、人間活動による温室効果ガス排出量を実質的にゼロにしていく」方向が打ち出されたのだ。

    パリ協定の批准が大きく遅れた日本政府の後ろ向き姿勢も気になるが、日本経団連を筆頭にした財界の動きも鈍い。このままでは、SBTに参加したトップランナーたちと、取り残される企業の差は広がるばかりだ。日本企業には、早く目を覚まして欲しいと願うばかりである。

    written by

    森 摂(もり・せつ)

    株式会社オルタナ代表取締役社長・編集長。

    東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。訳書に、パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードの経営論「社員をサーフィンに行かせよう」(東洋経済新報社、2007年)がある。一般社団法人CSR経営者フォーラム代表理事。特定非営利活動法人在外ジャーナリスト協会理事長。

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