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(新)CSR検定3級の公式テキストを読まれた方はすでに理解されていると思いますが、コンプライアンスには「狭義」と「広義」があります。
コンプライアンスの訳語として日本で定着している「法令遵守」は狭義のコンプライアンスです。憲法や法律、条例など、いわば、「それを破ると法的に処罰される可能性があるもの」です。
一方、広義のコンプライアンスは、法令にとどまらず、社内規則や業務マニュアルなど「社内規範の遵守」、そして、社会の常識・良識などの「社会規範の遵守」が大切です[(新)CSR検定3級公式テキスト第1章の5「コンプライアンスの本質」(田中宏司氏)]。
憲法や法律、条例など、破ると法的に処罰されるものをハード・ロー、それ以外の社会の規範などをソフト・ローと呼びます。
ソフト・ローの初めての実例は、実に1790年代にさかのぼります。東インド会社が,カリブ諸国の奴隷を使用して生産した砂糖を英国に輸入していたところ,消費者の不買運動が活発化し、その結果、東インド会社はカリブ諸国からの砂糖の輸入を停止せざるを得なくなりました。
つまり、「世界初の株式会社」に対して、早くもソフト・ローが適用されたのです。それ以降、洋の東西は問わず、明確な法令遵守違反はなくても社会から厳しい批判の目にさらされる企業の実例は枚挙に暇はありません。
そして、このソフト・ローに対応することこそが、広義のコンプライアンスなのです。広義のコンプライアンスは、法令だけではなく、広く社会の声を聞かなくてはなりません。そのためには、CSR部の担当者は、常日ごろからさまざまなステークホルダーと対話を重ねていくことが重要です。
NGO/NPOから面談の依頼があっても、「どうせ寄付や支援の依頼だろう」と断ったりしていないでしょうか。確かにそういう一面もあるかも知れませんが、まずは会うことだ大事です。
NECでCSR責任者を10年以上務めた鈴木均氏(現・国際社会経済研究所代表取締役)は、どんなに忙しくても、NGO/NPOからの面談依頼を断らなかったそうです。鈴木氏は「小さな出会いが自社にとって将来どんなメリットになるか分かりません。なにか将来に役に立つと思えば、断ることは決してしませんでした」と振り返ります。
実は、こうした取り組みが、「ステークホルダー・エンゲージメント」につながるのです。
「エンゲージメント」という英語も耳慣れないも知れません。通常や「契約」や「婚約」と訳しますが、少し大きな辞書には、「歯車の噛み合わせ」という意味が出てきます。つまり、社会の一部である会社が、他のステークホルダーという歯車との噛みあわせを良くすることが、ステークホルダー・エンゲージメントなのです。
広義のコンプライアンスとは、このステークホルダー・エンゲージメントを重ねて、自社に対する社会のニーズを知り、それに対応していくことです。すると、法令だけではなく、さまざまな要請が自社に向いていることに気が付くはずです。
一般のビジネスパーソンはなかなかこの視点に気が付くことは少ないですが、企業のCSR担当者は、他の部署になり代わって、社会のニーズに対応していくことが大切なのです。

森 摂(もり・せつ)
株式会社オルタナ代表取締役社長・編集長。
東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。訳書に、パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードの経営論「社員をサーフィンに行かせよう」(東洋経済新報社、2007年)がある。一般社団法人CSR経営者フォーラム代表理事。特定非営利活動法人在外ジャーナリスト協会理事長。