企業と自治体が連携して社会課題の解決に取り組む「包括連携協定」が全国で急速に広がっている。地方経済の停滞と人口減少で税収が伸び悩むなか、企業固有のノウハウやネットワークを活用したい自治体と、地域課題を解決することで地域での存在感を強めたい企業の思惑が一致、企業と自治体のサステナブルな取り組みが活発化している。(箕輪 弥生)
宮崎県は2016年11月、リコーグループの国内販売会社リコージャパンと地方創生についての包括連携協定を締結した。リコージャパンは長年、宮崎県で女子プロのゴルフトーナメントを開催しており、その交流をきっかけに地域の活性化や、県民サービスの充実につながる複数のテーマで協働することが決まった。テーマは観光客の誘致、子育て支援から植樹活動までと幅広い。
同県は包括連携協定を多くの企業と進めている自治体のひとつ。現在、リコージャパンのほか、大塚製薬や宮崎銀行など25の企業と包括連携協定を結んでいる。
一方のリコージャパンは全都道府県に支社を設置し、地域密着で事業を展開する。同社の大塚哲雄・社会イノベーション部部長は協定の意味について、「当社と自治体が双方の強みを持ち寄り、ひとえに地域を活性化すること」と強調する。協定では、同社が持つ最新スマホアプリを活用して多くの人を観光地に誘導する施策や、同社が得意とするエネルギー節約のエコシステム構築などが具体的な検討テーマに上がっており、宮崎県側も「県が持っていない企業のノウハウを活かすことで、幅広い県民サービスを行える」(竹村真吾・宮崎県総合政策室企画担当主査)と期待する。
リコージャパンと宮崎県は、地方創生に係る地域包括協定を締結(左から 大塚哲雄・リコージャパン社会インフラ事業本部社会イノベーション部部長 、正司泰三・同社 宮社崎支社支社長、松坂善明・同社 執行役員 社会インフラ事業本部事業本部長、河野俊嗣・宮崎県知事 )
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自治体と企業のリソースを持ち寄り課題解決
企業と自治体の包括連携協定は多くの場合、地方創生や地域活性化を目的に、一つのテーマではなくいくつかの課題にまたがって横断的に協力体制を組む場合が多い。
10年ほど前から、企業と自治体の間で災害時の協働協定が結ばれることがあったが、現在はさまざまな地域課題に対して企業が提案し、その申し入れを自治体が検討する形で結ばれる事例がほとんどだ。現在、都道府県の多くで企業からの提案に基づき、様々な包括連携協定が結ばれている。
特異な例は大阪府。2015年4月から民間企業に対応する専任部署「公民戦略連携デスク」を設置し、積極的に連携協定を推進する。東口勝宏・大阪府公民戦略連携デスクチーフプロデューサーは、「企業にとっては新たなビジネスチャンスの開拓、府にとっては施策効果の拡大というwin-winの関係を築くことができる」と説明する。同府は、ワンストップの窓口を作ったことで、企業が提案しやすくなり16年に250社との面談が実現。府内部署への調整がスムーズになり、協定締結までの時間もスピードアップしたという。
包括連携協定の課題として共通するのが人口減少、高齢化といった問題だ。自治体では税収が伸び悩むのに対し、医療や介護など社会保障費への支出は増え続け、環境や子育て支援、雇用、防災といったその他の地域課題に対して十分な予算がかけられないといった問題を抱える。
10社以上の企業と包括連携協定を結ぶ高知県も「根底にあるのが人口減少問題。雇用や産業縮小という負のスパイラルに対応するためには、企業と行政のリソースを持ち寄ることが重要」(浜田賀夫・高知県計画推進課チーフ)と連携協定の背景を説明する。
企業の持つネットワークを行政サービスに生かす
行政がカバーできない市民サービスに企業のネットワークを活かそうという発想は、防災や高齢者の見守り、高齢者雇用、子育て支援などのテーマに多く見られる。
企業のネットワーク活用は、これまで70の自治体と協定を結んでいるセブン-イレブン・ジャパンが豊富な先行事例をもつ。同社は「セブンミール」と呼ぶ食材宅配便を全国約8割のFC店で実施しており、このサービスを通じ高齢者の見守りサービスを行う。
高齢者の雇用についても自治体と連携して説明会を開き雇用を増やすなど多くの実績をもつ。大阪府の東口チーフプロデューサーによると、15年から16年までの間に約200人の雇用につながったという。高齢者の勤務態度は総じて良く、高齢者の来店が増えて客単価がアップするという好循環が生まれた。人手不足解消に加え高齢者の来店客を増やしたい企業側と、高齢者の雇用を促し、健康な高齢者を増やして医療費を削減したいという自治体の狙いが一致した好例と言える。
「行政が民間企業を活用していただくことで、コンビニが地域拠点として貢献する意義が高まる」と清水克彦・セブン&アイ・ホールディングス広報センター担当は話す。企業のもつ地域ネットワークは、行政にとっても地域基盤、インフラとして機能しはじめている。
※「自治体と企業が相次ぎ包括連携協定、課題解決目指す(下)」はこちら。
企業名 | 自治体 | 締結時期 | 主な協定・実施(予定)内容 |
第一生命保険 | 北海道 | 1月 | 女性の活躍推進・子育て支援、健康増進、地域経済の活性化。 ワーク・ライフ・バランスをテーマにしたセミナーや婚活イベントの共同開催 |
日本郵便 | 滋賀県 | 5月 | 滋賀・びわ湖ブランドの発信、 地域や暮らしの安全・安心の確保、女性の活躍推進、環境保全 |
ヤマト運輸 | 大阪府 | 8月 | 府政のPR、雇用促進、防災・防犯、人材育成、福祉、環境 |
リクルート ホールディングス |
高知県 | 8月 | 中山間地の活性化や産業の担い手確保 |
カゴメ | 大分県 | 8月 | 大分ブランドの価値向上、観光振興、県産品の消費拡大、 健康寿命の延伸・食育 |
三井住友 海上火災保険 |
大阪府 | 11月 | 「企業版ふるさと納税」制度を使い、府の健康・長寿施策に寄付 |
吉本興業 | 福島県 | 11月 | メディア等を通じた風評払拭、風化防止及び魅力発信、 県産品の振興、外国人観光客の誘客、避難地域等の復興など |
大塚製薬 | 兵庫県 | 11月 | 熱中症対策、生活習慣病予防、食育、スポーツ振興、女性の健康、防災 |
ANA ホールディングス |
北海道 | 12月 | ANA のWEB サイト、機内誌等を活用した観光振興、北海道の食の振興 |
ソフトバンク | 京都府 | 12月 | ICT・ロボットを活用した観光情報発信、 子ども・青少年へのプログラミング教育の支援、人工知能を活用した業務支援 |
箕輪 弥生 (みのわ・やよい)
環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。
東京の下町生まれ、立教大学卒。広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。その後、持続可能なビジネスや社会の仕組み、生態系への関心がつのり環境分野へシフト。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。 著書に「地球のために今日から始めるエコシフト15」(文化出版局)「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」「環境生活のススメ」(飛鳥新社)「LOHASで行こう!」(ソニーマガジンズ)ほか。自身も雨水や太陽熱、自然素材を使ったエコハウスに住む。JFEJ(日本環境ジャーナリストの会)会員。 http://gogreen.hippy.jp/